双極症におけるリカバリーとは?当事者が自分らしく生きるヒントについて医師が解説

公開日: 2024.10.24
最終更新日: 2024.10.31

症状によって本来の自分を見失うこともある双極症(双極性障害)でも、当事者は「自分らしく」生きられるのでしょうか?

精神疾患の治療で注目されている概念「リカバリー」。3種類あるなかでも「パーソナルリカバリー」は、当事者が「自分らしく生きる」ためのヒントを見つける鍵となるかもしれません。

双極症とリカバリーについて、精神科医の渡邊衡一郎先生に解説いただきました。

〈聞き手=松浦秀俊(双極はたらくラボ編集長)〉

プロフィール 渡邊 衡一郎(わたなべ・こういちろう)

杏林大学医学部 精神神経科学教室 教授
日本うつ病学会 理事長

双極症のリカバリーは3種類 当事者にとってのパーソナルリカバリーとは

松浦
松浦

リカバリーとは、どのようなものでしょうか?

渡邊先生
渡邊先生

精神疾患を持つの当事者が、症状・障害が続いていたとしても、自分らしく充実した人生を送るためのゴールおよびプロセスを指します。

リカバリーには、主体ごとに3つの要素があると考えられています。

「臨床的リカバリー」
「パーソナルリカバリー」
「社会的リカバリー」です。

【3種類のリカバリー】
臨床的リカバリー…症状や認知機能を改善させるなど、病気自体の寛解を目指すことがリカバリーという考え方(医師主体の視点)

パーソナルリカバリー…当事者が決めた「なりたい自分」に向かって自分らしく歩んでいるプロセスのこと自体がリカバリーという考え方(当事者主体の視点)

社会的リカバリー…就労や自立した生活の実現を目指すことがリカバリーという考え方(社会・支援者主体の視点)

渡邊先生
渡邊先生

まず医師主体の臨床的リカバリーは「病気が良くなって、再発していない状態」を指していたんです。

その後、1980年代からは当事者が、医師とは違う意味でリカバリーという言葉を使い始めました。

当事者の考え方は「働いていなくてもいい。仮に何をしていなくても、私は今、自分の人生に満足している」というものです。

渡邊先生
渡邊先生

「ゴールに向かっている途上にある状態に満足しているんだ。このプロセスこそが大事なんだ」と。

医師は結果を重んじるので、意味合いとしては逆ですよね。

つまり、医師からゴールを目指すよう言われても、今自分が歩いている道が気に入っているならいい
歩いているプロセスこそが大切だというのが、当事者の言うパーソナルリカバリーなんですよ。

渡邊先生
渡邊先生

家にいたとしても、プラモデルを作ったり、本を読んだり、近所を散歩したりできてそれで満足。

「こういう人生でいい」と思えたら、それがリカバリーだという考え方ですね。人に押し付けられるようなものではないんです。

松浦
松浦

「臨床的リカバリー」は症状を改善して、「社会的リカバリー」は社会で機能できるようにすること。

それに対し、「パーソナルリカバリー」は、正しい方向に向かって歩いていたら合格とすることなんですね。

ゴールにこだわるのではなく、今この瞬間に、自分が満足できる過ごし方をすればいい

これは「こんなこともできない自分はダメだ」と思い悩んでしまう人にとって、気持ちが楽になりそうな考え方ですね。

渡邊先生
渡邊先生

ただし、当時のパーソナルリカバリーは、ゴールという要素を完全に抜きにしているわけではありませんでした。

「ゴールに向かって」歩いている状態を重視しているため、行き着く先には恐らく、就労や結婚など一人ひとり異なるであろう理想が存在するのだと思います。

ただ、これでは、どうしても「就労しなければ」「結婚しなければ」という思いに、焦ってしまう可能性もあるでしょう。

そこで国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の先生方が「パーソナルリカバリーに就労のようなゴールを入れるのは違う」と考え始めました。

人生は自分の好きなように生きていいはずですよね。

「働かなければダメだ」といった義務を求めるのではなく「就労とか一人で暮らすなどのゴールの要素は別のリカバリーに入れたほうがいい」となったんです。

松浦
松浦

なるほど。

渡邊先生
渡邊先生

そこで3つ目のリカバリーとして提唱されるようになったのが、支援者とともに就労や自立を目指す「社会的リカバリー」です。

双極症のパーソナルリカバリーはゴールではなくプロセスであり、生き方そのもの

松浦
松浦

自立というゴールを目指すのが社会的リカバリーですね。

では、臨床的リカバリーも、プロセスというよりゴールに近いものでしょうか?

渡邊先生
渡邊先生

そう、ゴールになりますね。

医師が目指すべきなのは、当事者が疾患を克服し、そして再発しない状態や、人と交流しながら社会で機能できる状態を作ることだと思うんですよ。

松浦
松浦

なるほど。私はリカバリー全体をプロセスだと思っていました。

でも実際は3つの視点があり、臨床的・社会的リカバリーがゴール、当事者が言うパーソナルリカバリーがプロセスなんですね。

渡邊先生
渡邊先生

その通りです。パーソナルリカバリーは、生き方に近いですね。

例えば「結婚していないんだけど、これから好きな相手を見つけていこうと思っている。今は、これでいい」

こういう「今の自分の生き方に満足している」という考え方が、パーソナルリカバリーです。

もし周囲から「こうあるべきだ」と生き方を強要されると、多くの人が抵抗を感じるかもしれません。

なので「自分が満足していれば、それで十分なんだよ」と手を差し伸べる発想が、パーソナルリカバリーというわけです。

社会的リカバリーで息苦しいなら合格ラインを下げてもいい

松浦
松浦

私も支援者として、社会的リカバリーに携わるなかで感じることですが、例えば就労支援の現場では就労がゴールと捉えられがちです。

しかし当事者としては、症状がひどくて働くことを考えたくない状態であっても、ゴールを目指す必要があることで、息苦しくなってしまう場合もあると思います。

そこで、支援の現場でもパーソナルリカバリーの達成を目指す場合、どうすれば医師も当事者も納得いく結果になるでしょうか。

渡邊先生
渡邊先生

一つ、当事者にとっての合格ラインを下げることだと思います。

双極症の方は、理想が高く、自分に厳しい人が多いです。

「働かなきゃ」「結婚しなきゃ」「親に恩返ししなきゃ」と、勝手に自分にプレッシャーをかけてしまうんですね。

そうじゃなくて「自分らしくいればいい」と、「これでOK」と思える基準を下げてみる

その人の特徴や過ごしてきた環境が違うのだから、当然パーソナルリカバリーは、当事者一人ひとり違います。

世間の目を気にせず、結局「自分はどうなりたいか」を考えて、そこに向かえれば、それがパーソナルリカバリー

もちろん、病状が重い方には難しいかもしれませんが、症状がある程度落ち着いている人であれば、このような考え方を取り入れたら、数か月以内にはパーソナルリカバリーで自分らしく楽に生きやすくなるかもしれません。

松浦さんはどう思われますか?

松浦
松浦

双極はたらくラボの活動でも議論になる点なんですよね。

ある方は「私は症状が重いから、就労に向けて頑張るなんてできない。双極はたらくラボの活動からプレッシャーを感じてしまう」と。

ただ双極はたらくラボでは、全員のニーズはどうしても拾い切れないので、あくまで「働きたい人」を対象にしています。

一方パーソナルリカバリーは、就労はハードルが高いという当事者を含む全体のニーズまで拾い上げている点で、対象者がとても広いなと感じますね。

とはいえ、生きていくには働いてお金をもらう必要があります。

そこを現実的に考えないまま「自分らしくあればいい」と言われても、理想論に感じる人がいるかもしれません。

渡邊先生
渡邊先生

確かに。それこそ、双極はたらくラボは、働くことに焦点をあてていらっしゃいますね。

その上でお伝えしますが、当事者のなかには、よりパーソナルリカバリーを重視していらっしゃる方もいるんです。

「私は別に仕事をしていませんが、当事者の前で体験談を語ると、皆さんがうなずいてくれる。それだけでも、とても前向きな気持ちになります」
という感じですね。

1人ひとり状況や考え方は違うわけですから、私たちは「絶対に働かなければならない」「国の制度に頼ったり、何もせずに過ごしたりするのはダメだ」といった価値観を大きく変える必要があると思うんです。

渡邊先生
渡邊先生

そこで当事者の方にやってほしいのは「自分のパーソナルリカバリーは何かな」とイメージしていただくこと。

世間体も家族の期待も全部抜きにして考えるんです。
私は何をしたいのか、何をしたら満足するのか。

ちょっとした喜びや安堵を感じられることでもいいので、そこを考えていくと、より自分らしく生きる状態に近づけると思いますね。

松浦
松浦

当事者だけでなく、支援者も含め、社会全体で価値観を変えていくことが大切なんですね。

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