研究者や当事者が語る双極症の「これまで」【第10回世界双極症デー・フォーラム レポート】

公開日: 2025.4.17

2025年3月30日、東京・順天堂大学で「第10回世界双極症デー・フォーラム」が開催された。 このフォーラムの目的は、双極症(双極性障害)について社会にもっと知ってもらい、偏見をなくしていくこと。

10回目となる今回は、医療や研究の専門家・当事者・支援者が登壇し、それぞれの立場から講演や対話が行われた。フォーラムは対面とオンライン配信のハイブリッド形式で、さまざまな人が参加していた。

本レポートでは、講演で語られた内容の一部を紹介する。

当日の会場・順天堂大学医学部 7号館 小川講堂

フォーラム概要

【日時】2025年3月30日(日)13:30-15:30
【会場】順天堂大学7号館小川講堂
【講演1】 双極症研究の10年 加藤 忠史
【講演2】 双極症啓発の10年(当事者活動を含めて) 鈴木 映二
【特別講演】 双極症の治療とアイデンティティ ハヤカワ 五味
【パネルディスカッション】
モデレーター: 藪本 雅子
パネリスト : 加藤 忠史/ハヤカワ五味/松浦 秀俊

はじめに世界双極症デーとは?

双極症に対する理解を広げ、偏見や誤解を減らしていくために、2014年に定められた国際的な啓発デー。

3月30日は、双極症を抱えていたとされる画家、フィンセント・ファン・ゴッホの誕生日にちなんでいる。

日本では、2015年から日本うつ病学会が中心となりフォーラムを開催。コロナ禍で一度中止された年もあったが、今回で10回目を迎えた。

【講演要約】双極症研究の10年|加藤忠史(順天堂大学医学部 精神医学講座 教授)

加藤先生は、過去10年の研究を振り返りながら、双極症の理解がどのように進んできたかを紹介した。

「双極症研究の10年」について講演する加藤忠史先生

ゲノム研究の進展

この10年で、ゲノム要因が双極症に関与していることが明らかになった。

親から受け継がれるゲノム要因を調べた結果、FADS1/2という遺伝子が関係していることが分かった。この遺伝子は脂肪酸の合成に関わる酵素を生成する役割を持っており、活性が低いタイプ(A型)を持つ人の方が双極症との関連が高いことが分かっている。これらは細胞内のカルシウム調整に関わっており、双極症との関連性が注目されている。

また、ミトコンドリア病も双極症に関与していることが発見された。

脳構造(MRI)からの知見

MRIを用いた脳構造の研究では、大脳皮質全体・視床・海馬などにおいて体積の減少や皮質の薄化が報告されている。

特に、躁状態を繰り返すと大脳皮質が薄くなることが、3年前に明らかになった。

一方、リチウムを服用している人では、こうした変化が少ないという。

iPS細胞を用いた研究

患者の細胞から作成した神経細胞を用いた研究が『Nature』に掲載された。

この研究では、ミトコンドリアの機能変化により、神経細胞の過剰な興奮性が確認された。リチウムが有効な患者では、リチウムがこの過剰興奮を抑える作用を持つことも確認されている。

この過剰興奮性については、モデルマウスを用いた研究でも確認され、双極症との関連が示唆されている。

診療ガイドラインの改訂と治療法の併用

2023年、日本うつ病学会が作成する双極症の診療ガイドライン」が改訂された。薬物療法に加え、心理社会的支援の重要性があらためて強調されるなど、内容はより包括的になっている。

中でも、複数の薬・治療法の組み合わせが、基本の方針として随所に示されている。

うつ病や統合失調症では単剤治療が一般的だが、双極症でははじめから併用することが前提となっているのが特徴的だ。

こうした治療方針は、さまざまな双極症の薬の臨床試験の成績をまとめた結果に基づいているが、この10年の研究で明らかになってきたこととよく符合している。

この10年の研究で、ゲノム要因によって細胞内でカルシウムの調節が阻害され、神経細胞が興奮しやすくなること。その結果、感情に関わる神経回路が過剰に興奮し、情動(恐怖・怒り・喜びなど、外界に反応して生じる一時的な強い感情)と認知のバランスが、情動側に傾いてしまうことが示されている。

現在使われている治療法は、こうした病態のそれぞれ異なるポイントにアプローチしている。

  • リチウム:細胞内のカルシウムを下げる
  • 抗てんかん薬:細胞膜に働いて、細胞の興奮性を抑える
  • 抗精神病薬:セロトニンを遮断し、神経回路の過剰な働きを落ち着かせる
  • 認知行動療法:情動と認知のバランスを整える

臨床試験の結果に基づいて、複数の治療法を併用するという方針が、診療ガイドラインの基本に据えられたが、これは、こうした研究の成果からよく説明できる。

【講演要約】双極症啓発の10年と当事者活動|鈴木映二(東北医科薬科大学 精神科学教室 教授/NPO法人ノーチラス会 理事長)

鈴木先生は、当事者団体「ノーチラス会」に関わってきた立場から、これまでの活動や気づきについて語った(当日は事前収録による登壇)。

ノーチラス会の活動と背景

ノーチラス会は、双極症に特化したNPO法人の当事者会で、現在は約500名の会員が在籍している。
 ミーティング・レクリエーション・会誌の発行・電話相談・講演会など、さまざまな活動を行っている。

ノーチラス会では、当事者の「構想力」に着目している。定期的に開催しているミーティングは、新しい構想を生み出すヒントにもなる場だ。

また、会員を対象としたアンケートでは、「診断がつくまでにかなり時間がかかる」という声が多く寄せられた。 一見“当たり前”に思えることでも、双極症についての知識を持ち、丁寧に話を聞いてくれる医師と出会うことの難しいということが分かる。

「当たり前のことが、当たり前に行われていない」。
 そうした気づきも、当事者の声からもたらされることが多い。

電話相談の取り組み

当事者・家族の相談ニーズに対応するため、電話相談を実施している。

「相談できる人がいなかった」「当事者同士で話せる場がなかった」といった声を背景に開始された。

相談の傾向として、本人からは社会生活に関すること、家族からは治療に関することが多く寄せられている。聞いてもらえたこと、わかってもらえたことへの実感が、支えにつながっているとされる。

当事者の声を反映した取り組み

当事者のニーズを社会に伝える取り組みとして、職場での困りごとをテーマにした書籍の制作に携わった。

秋山剛先生(NTT東日本関東病院 精神神経科・部長)編著『「はたらく」を支える! 職場×双極性障害』では、一章の執筆を担当し、当事者の声も反映されている。

また、「こころの不調や病気と妊娠・出産に関するガイド」の作成にも取り組み、当事者の実態や声をもとに内容を構成した。

【講演要約】双極症の治療とアイデンティティ|ハヤカワ五味(株式会社ウツワ 代表)

ハヤカワ五味さんは、双極症Ⅱ型の当事者として、治療との向き合い方や自身のアイデンティティとの関係について講演を行った。

「双極症の治療とアイデンティティ」について語るハヤカワ五味さん

経歴と症状の振り返り

自身の経歴を紹介しながら、その時々の状態を、躁・うつのエピソードとともに振り返った。

一見すると順調に見えるキャリアの裏には、双極症の症状による体調の不安定さが重なっていた時期があったという。

さまざまなことが重なり、朝起きられなくなったことをきっかけに、近くの病院を受診し、双極症と診断された。

当時、双極症について初めて説明を聞いたとき、「これ、自分のことじゃん」と納得したと語った。

治療との向き合い方

服薬・記録・カウンセリング・スキーマ療法・周囲への情報共有など、さまざまな方法を取り入れてきた。

特にうつが重かった2019年には、記録が不安の軽減に役立ったという。

「このしんどい状態が本当に終わるのか?」と思う日々の中でも、以前の記録を見返して「1か月で落ち着いてたな」と思えることが、安心につながった。

※スキーマ療法:生きづらさの根っこ——過去の経験から身についた考え方や価値観に基づく認知——に焦点を当てる心理療法

アイデンティティとの葛藤

躁状態の自分こそが“本当の自分”なのではないか。治療をすると、自分らしさまで失ってしまうのではないか。

そうした葛藤もあったが、実際には治療をしても熱量や起業家としての感覚は失われず、むしろパフォーマンスが安定したと感じている。

「無敵な自分」は減ったし、ホームランのような瞬間も少なくなった。
 でも、調子が悪い日がなくなって、パフォーマンスが安定したと語る。

「もっと早く治療しておけばよかった」と振り返る一方で、躁状態の自分があまり好きではなかったことから、「そこから抜け出したい」という思いも治療を受け入れやすくしたという。

パネルディスカッション

最後のパネルディスカッションでは、モデレーターの藪本雅子さん(フリーアナウンサー)を進行役に、加藤忠史教授、ハヤカワ五味さん、双極はたらくラボ 編集長・松浦が登壇。

パネルディスカッション登壇者。左から松浦、ハヤカワ五味さん、加藤忠史先生、藪本雅子さん

事前の質問に加えて、会場や配信視聴者からリアルタイムで寄せられた質問も取り上げながら、当事者・研究者・支援者それぞれの立場から意見が交わされた。

講演の内容に関することだけでなく、「働くことへの不安」や「家族としてどんなふうに支えればいいのか」といった質問も寄せられ、登壇者それぞれの視点からの対話が行われた。

執筆者所感

専門家と当事者、それぞれの立場から「双極症」が語られることで、理解がより深まった。研究の過程を知ることで理解に裏付けが生まれ、当事者の声からは日々のリアルが伝わってくる。異なる視点が重なることで、双極症を多角的に捉えることができる。こうした関わりの積み重ねが、当事者やそのまわりの人たちはもちろん、さらに広く社会へと届き、認知の広がりにつながっていくのではないかと感じた。

(執筆者:双極はたらくラボ編集部 山口)

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