【第2回】双極症ならではの働き方-仕事が楽しくて仕方がなかった時【波の下の豊かな海へ】

公開日: 2026.3.2

双極症Ⅱ型の当事者であり、現在は会社員として働いている夏井晶子さんによる、連載コラムの第2回です。
今回からは、「双極症ならではの働き方」と題して、双極症×働くに関するコラムを複数回に分けてお届けします。

双極症ならではの働き方-仕事が楽しくて仕方がなかった時

皆さんこんにちは、夏井晶子です。

第1回の記事は思いがけずたくさんの方に読んでいただき、とても励みになりました。ありがとうございます。

今回からは「双極症ならではの働き方」について書きたいと思います。

「仕事が楽しくて仕方がなかった時」と振り返って思い出すのは2012年。

まだ双極症と診断されておらず、うつ状態も発症していませんでした。

つまり、精神科とのご縁はなかったのですが、それでも「あの時は明らかに躁状態だったな」と思うのです。

└ムスカリの花が咲きました。もうすぐそこまで春が近づいているとうれしくなります。

私は当時、天職だと思っていた社内広報の仕事をしていました。社内イベントを主催して司会をしたり、あちこちの部署に社員インタビューに行ったり。

長年社内広報のチームリーダーをしていた上司が退職するときは、100人以上から手書きメッセージを集め、50人ぐらいの社員を集めた送別会を主宰しました。

仕事でもないのに膨大なエネルギーを注いでいました。

朝は朝で、週に3回は5時半に起きて始発のバスに乗り、英会話とウォーキングのレッスンに通っていました。それを終えてから出社して9時過ぎから仕事し、遅くまで残業も。

└白と緑のコントラストがきれいなエンジョイポトス。丈夫ですくすく育っています。

今振り返ると、一日中ずっとアドレナリンが出ているような状態。朝もそわそわしてパッと起きてしまいます。勿論こんな生活が続くと体がもちません。週末は殆ど寝て過ごすような生活でした。

この状態で何かトラブルでもあれば立ち止まれたのですが、あいにくそんな機会はありません。私も周囲も、特におかしいと思うことはなく、2014年に新しい上司のパワハラで休職するまで、大車輪のような活動は続きました。

休職して改めて振り返ってみると、当時の私は同じ私だったのかと思うほど、活動的で社交的でした。あの頃の私は、ずっと走っていました。

病名がついて自制するようになり、薬でのコントロールもついた今の私にとっては、「あの頃は楽しかったけれど、今はもうあの走り方をしなくてもいいかな」と感じる思い出です。

夏井晶子

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