【NY在住40年】今思えばずっと躁状態?ニューヨークで働き独立、双極症と診断されるまで

公開日: 2026.10.20


▼この記事の対談動画はこちらからご覧頂けます 。

この記事の要約

ニューヨーク在住約40年のラムレーズンさんが、双極症と診断されるまでの人生や、アメリカでの治療経験について語りました。若い頃から仕事や学業、独立など精力的に活動する一方、38歳頃にうつ状態を経験。心理士とのセッションをきっかけに双極症と診断されました。
その後、リチウムによる治療を開始し、約20年間、同じ薬・同じ量で安定した生活を送っています。診断前は「根性がない」「意志が弱い」と自分を責めていたというラムレーズンさん。長年気づかなかった症状と向き合い、適切な治療につながった経験を振り返ります。
また、アメリカと日本の治療の違いや、日本語の情報から得られた気づきについても紹介。海外で暮らしながら双極症と向き合ってきた経験から、自己理解や治療の大切さを語ります。

今回のテーマについて

双極症で働くヒントが見つかる双極はたらくラボの松浦です。

松浦
松浦


今回は双極症とアメリカで働くということで、ニューヨークの方で今自営業されてらっしゃる、ラムレーズンさんという方にですね、インタビューをしていきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

松浦
松浦

今回のゲストはこんな人

ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

どうもこんにちは。ラムレーズンです。

ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

僕は1986年にニューヨークに来まして、まあほぼ40年ぐらいですね。
実際には39年経ちますがずっとここで暮らしてます。


そうなんですね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

10年間ぐらい働いて、その後に自分で独立して商売をやって今に至ります。30年ぐらい自営業をしています。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

家族は妻と2人の子供がいます。
上の子が23歳、下の子が20歳。小さい子犬がいます。


ありがとうございます。よろしくお願いします。
ラムレーズンさんは、双極はたらくラボのLINEでメッセージを頂いたんですよね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。

双極はたらくラボとの出会い

ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

僕は双極だって診断されてからもう23年ぐらい経つんですね。

日本のそういう動画とか書籍とかそういうのは見る機会もなかったし、あんまり自分でも掘り下げなかったっていうのもあって全然接したことがなかったんですね。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

1年ぐらい前になるんですが、日本語で検索してみようと思いつきで調べてみたんです。そしたら、まず目に入ってきたのが双極はたらくラボでした。まあ他にもいくつかありましたけども。

そうだったんですね!

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

双極はたらくラボのYouTube。特に松浦さんのがすごく良かったんですね。

内容的に非常にためになりました。僕はずっとアメリカに40年近く住んでて、そういう知識がなかったんですね。だから、日本語でよく理解できて「ああ、こういうことなのか」と腑に落ちることがすごく多かったです。それでよく見るようになりました。


光栄です。それがネットの力でもあるのかなと思うんですけど。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

ほんとにそうですね。


海外で、しかもアメリカのニューヨークにいらっしゃる方からそういう感想をいただくこと自体驚きました。今回、私自身も海外の事情を知りたいなと思い、こういう機会を頂きました。

松浦
松浦


YouTube関連でいくと、私もそれこそ海外から情報得られないかと思って英語で「Bipolar Disorder」とか検索して海外のYouTubeとか見たりするんですね。

そちらはあまり見ないで日本の方がしっくりきたんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。

日本とアメリカの違い

ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

僕が知ってる限りでは、アメリカの病院ではあまり説明がないですね。どっちかというと、処方箋出しちゃう方が先なんですね。

「ちょっと落ち込んでちょっとうつ気味なんだけど」「じゃあこれ飲んでみて」「ダメだったらまたちょっと違うの出すから」っていう方がどっちかっていうと多いみたいですね。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

こっちが聞けば教えてくれる場合もあるのかもしれないですが。
きっと日本に比べると、そういったメカニズム的なことは少ないとは思いますね。

もっとも僕は正直言って、日本では精神科とかに行ったことがないから、一概にはちょっと言えないんですけども。


そうなんですね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

アメリカは全体的に何でもそうだけど、大雑把なところがあるから。
細かくないというか、おおらかって言った方がいいのかな、よく言えば。


なるほど。私の動画と海外のYouTubeの内容を比較したら、「双極はたらくラボ」の方が良かったでしょうか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。もともと日本で23歳まで育っているので。
23歳ぐらいまでの習慣、生活などの吸収するものが、かなりインパクトが強いと思うんですね。

なので、松浦さんの動画の方が、しっくりきたのはありますね。


自信になります。ありがとうございます。

松浦
松浦

では、本題に入ります。
まずはご自身の体験のお話を伺っていこうと思います。

日本で生まれてらっしゃって、学生生活を終えるまでは日本にいらっしゃったんですか?

松浦
松浦

渡米に至るまで

ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。

日本で生まれ育つと、16歳ぐらいの時に高校に行き始めますよね。その時に、飲食店でアルバイトをしてたんですね。そしたらアルバイトの方が面白くなっちゃったんですよ。高校に2年半ぐらいまで通っていたんだけど、もうそっちの仕事の方が面白いなと思ったんです。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

若い時はやりたいことは中々待てないんですよね。学校は2年行ってたから親の承諾要らなかったし、自分で勝手に辞めちゃってそこの店に就職したんですよ。

17歳ぐらいの時にもう「将来自分の店を持つぞ」みたいな感じで。


そうだったんですね。
具体的には、何の飲食だったんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

色々な飲食店でやっていましたね。
最後にいたところはもう15、6軒お店をやってる社長のそばでやっていました。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうしている内に、「いつか自分でもやろう」って思ったんですよ。そしたら社長も「その時は応援するから」と言ってくれて。仕事がある意味、面白くてしょうがなかった。

ある意味で10代でしたね。


その時にはアップダウンはあったんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

いや、なかったかな。
もちろん疲れはすごくありました。だから今考えてみればああいうのも躁の状態だったのかもしれない。まあ二十歳頃なんていうのはスポーツやってぐったり疲れる感覚だから。

その頃は、僕にとっては病気とかそんなのはもう、全然夢にも思わなかった。


若いとそれが気分なのか勢いなのか分からないですよね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうそう、全然分からない。
ただ単にイケイケなんだな、としか思ってなかったですね。


なるほど。17歳で働かれて、日本にはいつまでいらっしゃったんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

23歳までですね。


23歳まで。それは同じ場所でずっと働いていらっしゃったんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そこの会社が、飲食店を15軒ぐらいやってたんですね。いつも立ち上げの時には「お前行け」みたいな感じで言われたりとかしていました。やっぱりやる気満々だったからそういう時も行かせてもらえましたね。アメリカに行く前の最後の1年半は、本店の店長をさせてもらってました。


じゃあいずれ独立したいって思いで10代から働かれてたんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。もう10代の時から、いつか店をやるって自分で思ってましたね。


そこから海外に行くきっかけっていうのは何だったんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

22歳の時に、その時働いてた社長が「いくらか自己資金を貯めればあとは応援してあげるよ」「店出せばいいじゃないか」と言ってくれたんですね。それと同じぐらいの時に、知り合いの人の友達がニューヨークでお店をオープンするって言っていて。「若くてやる気がある子いないかな」と探していたんですね。それで僕に話が来て。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

どうしようかな、と少しは迷ったんですけど。「でも海外行くっていうのもな、いい勉強だよな」と思って決断しました。


ニューヨークに行ったのは、今考えても冷静な判断だったんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。

行くまでに、準備期間が7、8ヶ月ぐらいあったのかな。その間に色んなことやってみて、それでも全然気持ち変わんなかったんですね。だから、よし行ってみようって思いました。


その当時、英語はできたんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

全くできなかったですね。


その状態でニューヨークに向かったのはすごいですね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

中学、高校の時はもういつも補習してましたよ。
5段階評価で1と2ばかり。3の評価を取ったことないんですよ。それぐらい英語はできなかった。


でも言語ができないっていうのは、別にストッパーにはならなかったんですね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。中学の時まで遡るんですが、中学の時の英語の先生と仲が悪かったんです。それで、もう英語を絶対やらないって決めてたんです。 元々英語得意でもなかったと思うし。

でも、外国の人は好きだったし興味はいつもあったんです。外国の文化も。


海外にどんな興味があったんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

どういう暮らししてるんだろうなとかね。それから人種だって見た目だってね、アメリカの場合は黒人もヒスパニックもホワイトも、いろんな人いるわけじゃないですか。そういう人達って同じ人間だけど、見た目こそ違うんだもんなっていう非常に興味がありました。
人間が好きだってのもあるのかもしれない。


元々、人が好きなんですね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

お客さん商売だったんでね。


飲食だったら毎日関わり合いありますもんね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。


実際行ってみていかがでしたか?
文化の違いとか英語話せないみたいなところ。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

最初はそうですね。ニューヨークに来る直前までは店長やってたわけだけど、こっち来たら飲食店の一社員でしたね。英語が全くできないから皿洗いからやるしかなかったです。

だからすごくギャップがありました。日本で店長やっててこっちで皿洗いになっちゃうし。


そうですよね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

でもまあそこはね、もうやるしかないっていう感じで。英語もアメリカに来た時からもう始めましたね。手当たり次第にこの方法はいいんじゃないか、あの方法がいいんじゃないかって試行錯誤しながら。

双極症発症までの経緯

双極症の発症のタイミングは、この時よりまた先なんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

自分でそういう気があるかなと思うタイミングですよね?


そうです。
うつなのかな、躁なのかな、と思った時というか。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

アメリカに来たのは23歳の時です。
それから32、3歳頃まで、10年間は双極の気があるのかとは全然思いもしなかった。今振り返れば、いわゆるずっと10年間ぐらいはまあ躁だったのかなっていう感じ。


そうなんですね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

まず日本で飲食店に就職したわけじゃないですか。当時は1日実働11時間、12時間ぐらいは働いてたんですよ。そういうのやりながら高校中退しちゃったから。


はいはい。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

でも、やっぱり高卒ぐらいの学歴はあった方がいいなと思って。日本でいう大検みたいなもの、アメリカでは「GED」というんですけど、それを通って、試験を受けたんですよ。それで、一応書類上は僕はアメリカの高校を出てることになっています。


そうなんですね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうなんです。卒業して、しばらくして27歳の時。ニューヨークの2年制の州立大学に行きだしたんです。アソシエイトって言って。


はいはい。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

やっぱり働いているので、卒業するのに5年ぐらいかかったんですけども。卒業したのが27歳の時でしたね。

それで27歳ぐらいの時に家を買った。32歳ぐらいで結婚して、それからアメリカにずっと居ますね。いつも2、3年かそれぐらいで大きな出来事がありましたね。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

10年間はもう、あっという間に過ぎちゃった感じですね。
夜疲れたな、とかそういうのはあるけども。翌日になったらまた元気よく行っちゃうっていう感じでした。それが10年間は続いてましたね。


そうだったんですね。
反動もなく上で安定してた感じですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そういうことだと思うんですよね。だからずっと躁の状態で10年間突っ走ってたのかなと思うんですよ。医学的に合ってるかどうか分かんないですけど。

躁のような感覚があったんですね。32歳の時に何かあったんですか?

松浦
松浦

独立と当時の症状

ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

その時に自分の店を立ち上げました。


独立されたんですね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。

でも、この10年間だけじゃなくて、もっと前から兆候はあったのかもしれないです。亡くなった兄から「お前は頑張ってるのと無理してるのの境がわからないやつだ」とかよく言われてたんですよ。だから、周りから見たら「大丈夫かこいつ」っていう感じはあったのかも。

10年より前から。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうそう、前から。あとアメリカに来てからだと、何年も経ってから「あの頃はラムレーズン君はドラッグやってるのかと思ったよ」とか言われましたね。あまりにもすごくイケイケでハイだったから。


どういう風に見えたとか具体的に言われたことあります?イケイケっていうのはどんな感じだとか。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

何て言うかな。とにかくいつもすごくやる気満々で。とにかくエネルギッシュすぎる。エネルギッシュはいいんだけど“すぎる”っていう。


“すぎる”んですね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そう。兄貴が言ってたんですけど、僕は「頑張ってる」と「無理してる」。自分では無理してたつもりもないんですけどね。ただ一生懸命やってただけなんだけども。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

何年も、かなり時間が経ってから、ある友人からは「あのままずっといっちゃうともしかしたら早死にするんじゃないかなと思った」って言われたこともあったんです。

だからそのぐらいイケイケだったんでしょうね。


そういう「イケイケ」って32歳より前の話なんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね、32歳より前のその10年間。
まあその32歳の後でも、平均的に見たらイケイケなんだと思うんですけどね。僕はすぐ行動しちゃうタイプなんです。子供の時から落ち着きがなかったと思うんだよね。


すぐ行動するとお話しされていますが、
ニューヨークに行く前は8ヶ月間ありましたよね?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。


大きい決断の時は時間かけられる、とかあるんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。僕がどうやって生きてきたかを、知らない人に話したりすると「波乱万丈ですね」「勇気があるんですね」とかよく言われるんですよね。まあニューヨークに来たこともそうだと思います。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

でも実際の僕は、石橋叩いて渡る側面もかなりあるんですよ。もしかしたら両極端なのかな。奥さんにも「気が小さい」とよく言われるんですよ。


そっちの性格も双極なんですね。

松浦
松浦
ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうかもしれないですね。
確かに。そういえば、診断される前から奥さんに「あんた極端だよね」って言われてましたね。


そうなんですね。なんだかその感じが分かりますね。
私もやっぱり小さいことを気にするけど、行動が早かったりするんです
。

松浦
松浦


じゃあ32歳で独立されて、そこから大変になっていった感じなんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

丁度その頃にニューヨークに住んでいる姉が、おそらく双極のI型だと診断されて。ちょっと入院もしたりとか。いろんなことがありましたね。

その頃ちょうど僕が結婚するかしないか、ぐらいの時だったのね。だからいいことも起きてるけど、姉のこともあり、大変だった時とも言えますね。


独立されて何年間ぐらい経営されていたんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

8年間経営していましたね。


8年間の中でも、仕事上の大変さとその症状の大変さみたいなのはなんかあるんですか?リンクしていたこととかありますか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。その頃はあんまり初めの頃はあまり思わなかったんですけど。今こうやって、双極はたらくラボの松浦さんとか、いろんな方、医師の方とお話しすると「ああやっぱり躁だったのかな」っていう節はかなりあったなと思いますね。

ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

自分では一生懸命やってても、商売は軌道に乗らないことがあるじゃないですか。そうするとすごく落ち込む。で、落ち込んだりするのが、自分では病的だって思ってないんですよ。

「こんなんじゃだめだ」って「もっと頑張らなきゃ」とまた自分を余計鼓舞するわけですよね。


なるほど。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

かと言ってそんなにやる気も出てこないわけですよね。落ち込んじゃってんだから。そういう時はね、うつ状態に入っちゃっているわけですよね。その上で、お客さん商売だし。

ある意味では本当に、毎日毎日が大変だったような時もありますね。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

もちろんいいこともあったりするんだけど、うつになると特に、笑えなくなるじゃないですか。作り笑いしか出せないっていう。腹の底からゲラゲラ笑うっていう感覚がかなりなくなると思うんですよね。お客さん商売なので、作り笑いするのは結構大変でしたね。


確かに辛いですよね。私も日頃仕事柄、人と接する機会はもちろんあります。表情が出せないっていう時もありますけど、まあ別に笑顔でいないといけない仕事ではないんですね。

お客さん商売だったら常に、表情を作っていく必要があるので、気持ちとリンクしてないと辛いだろうなと思います。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。今は双極症について色々勉強したりしてますけども。

当時で振り返ると、その中でもまあ結構自分ラッキーだったのかなっていうね。いろんな意味で、商売とかにも支障なくできちゃってた部分はあるんですね。ただものすごく自分自身は苦しんでました。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

朝起きるのだって、もう本当に勢いつけないと起きれないですね。

診断される前は、症状はこうですよっていう知識がないんですよ。
「俺根性ねえからそうなっちゃうのかな」「意志が弱いからかな」とか。ああでもない、こうでもないって自分のことを思っちゃうじゃないですか。だからそういう時はすごい辛かったですね。

人生の転換点

ちなみに、この話前後しちゃうかもしれないんですけど、
うつで結構悩むみたいなのは32歳より前はなかったんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。特別なかったと思いますね。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

僕は若い頃、ずっと日記書いてたんですよ。

なので、夜になると「これこれこうだからこうしなきゃ」とか「これがうまくいかなかった」って色々なこと書いてたんですよ。その後寝て朝起きると、また自分がパワーアップしてる感覚でしたね。若い時、32歳以前はそういう感じでしたね。大体それで復活してましたね。


この独立っていうのが大きかったんですかね?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。独立して店やって色々大変なことも悩むこともあるし。うちの娘が、僕が38歳の時に生まれたんですよ。

大体それぐらいの時に、松浦さんの本を買いましたからね。手元にありますよ。


海外にも届いてるんですね!

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうそう買えるんですよAmazonでね。本を読んで思ったんですが、松浦さんがお子さん生まれた時の話と重なる部分があるなと思っていて。ちょっと僕も似たようなとこあるんですよ。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

店を経営して、何年か経ってから子供も生まれて。
幸せなはずなんですけど、あの時僕はすごくなんか苦しかったなって思うんですよ。


そうだったんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

子供が生まれて、店だって潰れてるわけじゃないのに、もうやってられない。なんで自分幸せを感じられないの?みたいに思っていました。僕、なんかおかしいんじゃないの?みたいに思った時もありましたね。


伺ってなかったんですけど、通院はされてるんですか?

松浦
松浦

38歳で通院を開始

ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

通院してます。
通院するようになったのは、子供が生まれたちょっと後だったかな。


お子さんが38歳で生まれて。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。姉のことになるので話が前後しちゃうんですけど。
うちの姉は僕しか身内いないから色々大変です。病院でも何でも僕がやるしかないんですよ。それで、治療を受けた方がいいと思って色々やってたんですけど、姉本人は「いや私は行かなくても大丈夫だ」って言って受け付けないんです。
でもやってる行動はむちゃくちゃ逸脱してることが多いわけですよ。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

それでどうしようかなと思って、姉のことでサイコロジストに相談に行ったんですね。2、3回かセッション受けた時に、その人から「あなたも、もしかしたら双極症かもしれない」と言われて。その時は青天の霹靂でしたね。

ラムレーズンさんご自身のことを話してたんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

姉のことで話してたんですけど、色々聞かれるじゃないですか。
例えば、家族に双極性障害の人がいるのか、とかそういうことを聞かれるじゃないですか。


はいはい。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

「もう最近、俺も本当に参ってるんだ」とかね。そういうふうに言っていたら、「あんたもその気が多分あると思う」と言われて。姉の双極で大変だと思って、こっちはヘルプしてたのに。
「あんたもそうです」ってこと言われちゃって。


え、その時どんな心境でした?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

「へ?」ってほんとびっくりしたっていうか。狐につままれた感じ。「え?」みたいな。「俺?」みたいな。

でもまあ考えてみたら。僕が小さい頃、母もちょっと精神の病を患っていて。だからそういうのを合わせて考えたらまあそうか、という感じでしたね。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

特に、今になったら僕も知識があるんで。
遺伝がある人は、双極症になるパーセンテージがポーンと上がるから。絶対ではもちろんないんだけど。ならない人は大勢いるし。ああそれはもう不思議ではないよなって思いましたね。


ショックもありました?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうですね。ただ「イケイケの人間」だと思ってただけなのに。
その「イケイケ」が双極の状態だからなのか、とびっくりしましたね。


診断を受けて、服薬などの治療もすぐ始まったんですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

すぐではなかったんですが、カウンセリングを最初しばらくやってましたね。どのくらいの期間か、よく覚えてないんですけど半年ぐらいやったのかな。そのうち処方箋出しましょうって言われて。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

今度はサイカイアトリストに診てもらいました。サイコロジストっていうのは、処方箋を書けないんですね。


「サイカイアトリスト」?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうです。「サイカイアトリスト」は日本で言うと、精神科医の薬を出せるお医者さんですね。僕が知ってる限りでは「サイコロジスト」は、一般的には処方箋は書かない。


日本でいう、心理士さんと同じですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

そうなるのかな。精神科医ではあるんだけど薬は出さないっていう。おそらく違う分類の免許だからでしょうね。


薬飲んで、落ち着いてきたりとかありました?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

時間はかかりましたけどね。やっぱり薬が効くまでに1ヶ月ぐらいはかかるよ、と言われましたね。だから、最初の頃は効いてるのかなこれって思いました。即効性のものではないから。


そうですね。

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

しばらくしてからいい感じで。落ち着いてきた感じもあるし、あんまり下にもいかない状態になりましたね。初めて処方してもらった薬がすごく僕に合ったみたいなんですよね。もう約20年ですね。


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

なので、あんまりエピソードがないんですよ。大体アメリカでは「Do you have episode or not?」何かエピソードはありますか?って、聞くんですけどね。


そうなんですね。
通院はどうですか?

松浦
松浦


ラムレーズンさん
ラムレーズンさん

通院は最初2ヶ月に1回ぐらいの頻度で行っていました。今でも行ってますね。僕の場合はきっと、ラッキーだったんでしょうね。もう最初から今まで。もう20年ぐらい同じリチウムを量も変わらず飲んでいますね。


「後編の記事はこちら」

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