
「双極性障害は”よく治る病気”」と考えていた ~国内研究の第一人者(加藤忠史)に聞く「双極性障害と働く」~
双極性障害の国内研究の第一人者である順天堂大学医学部、加藤忠史主任教授。双極性障害の治療に関する研究をする傍ら、2021年には順天堂医院で双極性障害の専門外来と入院プログラムも開始。
長年、研究の第一線を見続け、患者さんとも直接関わってきた加藤先生が「双極性障害と働く」についてどんな考えをお持ちか、また一貫して双極性障害に関する取り組みをしてきた活動の源泉がどこにあるのか。双極性障害の当事者で当メディア編集長の松浦が、ロングインタビューを実施しました。
全5回にわたるシリーズの第4回です。
〈聞き手=松浦秀俊(まつうら・ひでとし)〉
国内研究の第一人者に聞く「双極性障害と働く」

プロフィール 加藤忠史(かとう・ただふみ)
順天堂大学医学部精神医学講座 主任教授
1988年東京大学医学部卒業。滋賀医科大学にて博士(医学)取得。2001年理化学研究所脳科学総合研究センター(現・脳神経科学研究センター)精神疾患動態研究チーム・チームリーダー。2020年より現職。著書は多数あり『双極性障害【第2版】』(ちくま新書)、『これだけは知っておきたい双極性障害』(翔泳社)など啓発を目的とした一般書も多い。また、Twitter(@KatoTadafumi)を使った情報発信もされている。
当初は「よく治る病気」と考えていた
研究テーマを双極性障害にした理由

次は、加藤先生ご自身のことも伺えますでしょうか。
先生が双極性障害を研究テーマとされたきっかけは、どういう経緯でしたか?
元々、医学部に入るまで精神科の病院に行ったこともなかったですし、患者さんに会ったこともありませんでした。精神医学に関しては正直、何も知らなかった感じです。
ただ、精神分析とか無意識には興味があって「心を探求したい」ぐらいのつもりで医学部に入りました。精神医学は隅から隅まで興味深いと思えたので、精神科を選択しました。
滋賀医大に勤務していた時の教授の専門が双極性障害だったので、何となく研究をすることになりました。それで、双極性障害の患者さんに一生懸命、関わり始めたのが直接のきっかけですね。
だから、どういう病気か最初はよく分かっていなかった。


なるほど、最初から興味があったわけではなかったのですね。
そんな経緯で「双極性障害の方が来られたら、私が担当します」とお願いをして、多くの方を診させていただいたのですが、寛解したらすっかり普通に生活されていました。
激しい躁状態で入院してきた方に蹴られたり、罵倒されたりして、それでもすっかり良くなっていく。当初は「よく治る病気」と考えていました。
ですが、あるとき病棟で当直をしていたら、患者さんから電話があり「悔しいですよ」と。
「今では症状も落ち着いていて、働くうえで全く問題がないのに昇進させてもらえない。どうしてそんな目に遭わなければいけないのか」と、憤りを感じられていました。
その患者さんのお話を伺って、この病気は何とかしなければいけない、と研究の必要性を感じました。
話がそれるようですが、実は、海外では双極性障害には研究費があまり出ていないのです。



そうなんですか?
「薬でコントロールできるんだからもういいじゃないか」ということでしょうね。
寛解できる病気という認識だから、そこまで研究する必要性がないと思われているようです。「双極性障害は薬で良くなる病気だ」というのがアメリカなどの認識です。
しかし、現実問題として困っている方はたくさんいますよね?
そもそも、パーキンソン病みたいに「脳の中に黒質というドーパミンを出す細胞があって、この細胞が…」というような、わかりやすい説明が双極性障害はできない。
周りの人にとって目に見える病気になってないわけですよね。だから「よく分からない心の病」と見なされて、もう寛解しているのに理解されない。薬があるから研究しなくても良い、という訳にはいかないと思うのです。
症状が落ち着いて、働くのに何の問題もないのに昇進させてもらえない、と困っている患者さんの声を聴いて「これはいかん。何とか原因解明をしなきゃいけない」と思ったのです。

それからひどく落ち込んで、ほとんど話もできないほどの重いうつ状態だった患者さんが、翌朝まるで別人のように矢継ぎ早に大声で話す姿を見て、驚いたことがありました。
「こんなに人が変わってしまう。脳が変わっているとしか思えない」と実感する経験を何度もしました。
「こんなに症状が明らかな病気ならば、現代の科学できちんと研究すれば解明できるはずだ」と思ったのもきっかけの1つです。


その当時、国内では加藤先生以外に双極性障害について研究している方はいらっしゃらなかったのでしょうか?
もちろん色々な研究がされていましたが、患者さんの脳の中の物質を直接調べる方法がなかったのです。
その頃、脳の中の物質を直接調べることができるMRSという方法が初めて使えるようになったばかりで、それまで誰にも見ることができなかった双極性障害患者さんの脳内を見れば、原因が解明できるかもしれないと考えました。


双極性障害の研究と新しい技術の掛け合わせに加藤先生は取り組まれたのですね。
医学は新しい技術ができて、それで分かる病気が解明されていくということの繰り返しなのです。
だから私も「新しい技術を使ってみて結果がどうなのか観察する」というサイクルを続けてきました。


先生は何年、研究を続けていらっしゃるのですか?
32年ぐらいですかね。


32年も。その途中で諦めそうになった時は?

一度、東大に勤めていた頃に諦めかけて、ナルコレプシーという病気を研究していた時期が短期間あります。


それは研究を始めて何年目ですか?
1999年ごろだから、研究開始して10年目ですかね。


なぜ諦めなかったのでしょう?
双極性障害を諦めたというよりも、ナルコレプシーの論文を読んで「原因はこれじゃないだろうか? あと少しで解明できるはずだ」と思って手を付けてみましたが、仮説を否定する結果に終わりました。
その時「こうやって色んなことに手を出していては一生かけても何もできないな」と思いました。
「どんなに失敗しても、結果が出なくてもいいから、同じことをコツコツ何十年やらないと、社会貢献はできない」と感じて、他の病気に手を出すのはもう止めようと、そのとき思いました。


それを決意されて、諦めず継続されて今に至るのですね。
諦めていないかと言われると、私の世代ですべてを解明して治療法開発まで進めるのは難しいかも知れないと最近は感じています。
原因の一端を解明するところまでは間に合うかもしれないけど、治療法を開発して患者さんに届けるまでにはもうちょっと時間がかかるかも知れないなとは思いますね。

(執筆/双極はたらくラボ事務の人、校正・校閲/大倉愛由、編集/松浦秀俊)
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編集部メンバー/株式会社リヴァ 運営組成部 部長/知的財産アナリスト(特許)
1983年東京都生まれ。23歳の時に双極性障害を発症。リヴァの社会復帰サービスを利用したのち、起業などを経て2020年に同社入社。現在も通院を続けながら管理部門の責任者をしている。専門分野は知的財産活用。