双極性障害の治療法の1つ「対人関係・社会リズム療法」。
うつ病の治療法だった「対人関係療法」と、概日リズムと社会的刺激の量・質をコントロールする「社会リズム療法」を組み合わせたものです。
今回は生野信弘先生に、対人関係・社会リズム療法について、成り立ちや注意点を含め解説いただきます。
〈聞き手=松浦秀俊(双極はたらくラボ編集長)〉
プロフィール 生野信弘(いくの・のぶひろ)
こころの健康クリニック芝大門/精神科・心療内科 院長
過食症の対人関係療法、トラウマ関連疾患の治療、ストレス関連障害のリワークを行っている
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目次
今回は、対人関係・社会リズム療法について、専門家である生野先生にお話を伺っていきます。
よろしくお願いします。
摂食障害の治療法を探していた時に水島広子先生のワークショップに参加したことがきっかけで、対人関係療法(IPT : Interpersonal Psychotherapy)に携わり始めました。
「国内では対人関係療法はあまり行われていない」とよく聞くのですが、実際はどうですか?
クリニックで専門的に行っているのは、うちと神奈川県川崎市のメンタルクリニックエルデくらいでしょう。
関東在住でないと、なかなか受けるのが難しいのが現状ですね。
そもそも「対人関係・社会リズム療法」の前に「対人関係療法」があるのでしょうか?
そうですね。
対人関係療法は1960年代、認知行動療法と並んで、うつ病の治療法として知られていきました。
その後、私が専門としている「摂食障害の過食症への治療法にもなり得る」と言われ始めます。
ほぼ同時期に、カナダのエレン・フランク先生が、全く別物だった社会リズム療法※と、対人関係療法を同時に行う方法を作り上げたんです。
※社会リズム療法(SRT : Social Rhythm Therapy)…患者が活動した時刻と対人関係における刺激度を項目ごとにチェックして、社会リズムを安定させていく療法
参考:水島広子『双極性障害の疾患教育と対人関係・社会リズム療法』(2011, 精神神経学雑誌)
なぜフランク先生は、同時に行おうと考えたんですか?
社会リズムは、大きく分けて2つあるという考え方によるものでした。
太陽光によってコントロールされるサーカディアン・リズム(概日リズム)と、対人関係に関わるホメオスターシス・リズムです。
人と初めて会ったときや、社会的活動をしたとき、対人関係の強度がホメオスターシス・リズムに影響してきます。
これを対人関係療法に適用しようとした結果、双極性障害に対する対人関係・社会リズム療法になったと言われているんです。
対人関係の強度とは、人との接触の深さということでしょうか。
そうですね。
例えば、こうして松浦さんと一緒にいるだけでは「強度が低い」です。
一緒に話し出すと、お互い刺激を受けますから「強度が高い」状態になります。
強度が高い状態を経験し、興奮し過ぎて夜に寝られなくなると、サーカディアン・リズムに影響が出るんです。
「あのときの自分の発言は正しかったのか」などと考えて、ぐっすり眠れなくなってきます。
そうなると、症状がアップダウンしますね。
ここをコントロールしていくのが社会リズム療法で、その内容を調整していくのが対人関係療法です。
こころの健康クリニック芝大門では、対人関係・社会リズム療法をアレンジしていると伺いました。
元々のやり方をアレンジしたきっかけは何だったのでしょうか。
摂食障害の患者さんを診ていたとき、1つ問題が出てきたんです。
その方はベースに双極性障害があり、うつ状態では過食がひどくなりました。
一方、躁状態になると、過食はないものの、どうしても夜遅くまで遊んで飲み過ぎてしまうんですね。
次にうつ状態に入ると、1人で家に引きこもり、ひたすら寝ているんです。
そこで、うつ状態のときは「起きる時間は昼11時にする」と決めてもらいました。
でも躁状態になると、朝5時起床と、全く違う時間になってしまったんです。
ここで「患者さんに起床時間を決めてもらうことで、躁状態とうつ状態での目標時間が違ってしまっていいのか」と疑問を抱きました。
はい。
試行錯誤をくり返した結果、どうも刺激のコントロールが必要だと気づいたんです。
そこで、サーカディアン・リズムとホメオスターシス・リズムをコントロールするよう、方針を一転しました。
まず起きる時間を決めてもらうのではなく、実際に昼11時と朝5時に起きたとき、それぞれ気分の違いを確認するんです。
昼11時のときは、うつ状態で落ちている。
朝5時のときは、躁状態でハイになっている。
では、その中間はどうですか、という感じで。
気分に影響を与えにくい、起床に一番いい時間帯を、行動実験で探してもらうやり方にアレンジしていったんです。
なるほど。
これが社会リズム療法のやり方をちょっとアレンジしたものです。
対人関係接触の強度が入るので、私としては対人関係療法がやりやすくなると感じています。
もし他の人と接触して影響を受ける頻度が多ければ、対人関係療法の方で調整すればいいし、リズムも維持できます。
対人関係・社会リズム療法に特有のポイントはありますか。
出来事・気分・人間関係の3つを、リアルタイムで同時に見ていくことです。
例えば朝食時だと、朝食という出来事に対する気分や、そのときの人間関係。
親から「早く学校に行きなさい」と言われて、気分が落ちたら、人間関係によって影響を受けたことになりますね。
じゃあ「親との人間関係をどう扱えばいいだろうか」と考えていきます。
仕事を例に考えると「上司から小言を言われて落ち込んだ」場合も、出来事・気分・人間関係が一致していますね。
はい。
このなかで、躁状態とうつ状態にも変化があれば、どう調整すればいいか考えます。
出来事・気分・人間関係の3つを同時に扱うことが、元々の社会リズム療法とかなり違うところです。
先生の場合は、出来事に対する時間は決めず、その時々で振り返りをしていくと。
そうです。
これは、対人関係療法的なアプローチができないと、ただ1人で記録をつけるだけになりそうだと思いました。
そうなんです。
でも1人で記録するだけでも意味はあると言われています。
日本うつ病学会の睡眠・覚醒リズム表を使って記録すれば、自分の行動を客観的に振り返ることができ、気分が安定しやすいです。
ただ、対人関係療法は対人関係に対して特殊な扱い方をするので、1人では難しいと思います。
水島広子先生の著作『自分でできる対人関係療法』には、1人で試すための方法が載っています。
でも本で紹介されているのは、既に対人関係療法に取り組んだ後で、自分でもやっていきたい人に向けた方法です。
初めて取り組む人が、いきなりやってもうまくいかず、かえって逆効果になる可能性もあります。
人間関係を扱うのは、自分の状態や感情、行動をコントロールできるようになってからの方がいいでしょう。
実際に今取り組まれている対人関係療法の基本的な内容を教えていただきたいです。
対人関係療法の目的は、人間関係のズレを修復することです。
言葉で説明するよりも、絵を描いた方が分かりやすいですね。
まず人間関係が、いかに病気の影響を受けるかについて説明します。
ここに患者さんと、重要な他者、いわゆるサポーター(支援者)がいるとします。
患者さんは症状によって、外界からの攻撃を受けていると感じ、つらくなっている状態です。
そこで、サポーターが「よかれと思って」何かしてあげようとしますが、ダイレクトには届きません。
なぜなら患者さんが見ている世界は、目の前にある症状だけで、テレビ画面のように限定的なためです。
症状という画面の向こうに、うっすらと人影は見えるけれども、実際は症状しか見ていません。
逆にサポーターには、患者さんは見えるけれども、症状が見えないんです。
ここでズレが生じます。
サポーターが「よかれと思って」提供するものが、患者さんにとってはフィルター(症状)を通して届きます。
霧の向こうに見えていた人影から、いきなり攻撃されたように感じるんです。
逆に、患者さんからSOSを出す場合も、目の前のフィルター(症状)を通して届けてしまいます。
するとサポーターは、つらそうにしている人から、いきなり攻撃されたように感じるんです。
これで人間関係が乱れて、トラブルになってしまうんですね。
サポーターは患者さんを「つらそうな人」としか見ていないためです。
相手自体と症状を混同してしまうんですね。
だからサポーターには「患者さんの人となり(人格)と、病気の症状を、区別してください」とお願いしています。
患者さんに対しても「症状を通して相手が見えているのか、クリアに見えているのか」を区別してもらいます。
症状は24時間、表れ続けているわけではありません。どういうときに悪くなるのか、何が刺激になるのか確認します。
こうして患者さんとサポーターがチームとなり「チーム 対 症状」という構図を作るのが、対人関係療法の基本です。
なるほど、よく分かりました。
サポーターは「あ、今症状がスイッチオンになっているんだね。症状からいじめられてつらいんだね」
という姿勢でサポートする。
患者さんは「ただつらい」ではなく、本当はどうサポートしてほしいか、自分の気持ちを明確にしてコミュニケーションを取る。
こうして、病気を挟むことによって生じる、コミュニケーションのズレを修正するんです。
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ライター/編集者/ヨガ講師
1994年生まれ。双極性障害やうつ病の友人との交流を機に、精神疾患に関する勉強と記事執筆を開始。ヨガ講師として人の心身に向き合う活動にも取り組む。