双極性障害当事者と、家族をはじめとするサポーターとの人間関係にズレが生じ、トラブルが起きるケースがあります。
対人関係・社会リズム療法を用いたコミュニケーションで、うまく関係を築くことは可能なのでしょうか。
前回に続いて、専門家の生野信弘先生に解説いただきました。
〈聞き手=松浦秀俊(双極はたらくラボ編集長)〉
▶双極性障害の当事者に向けた対人関係療法・社会関係リズム療法の解説記事はこちら
プロフィール 生野信弘(いくの・のぶひろ)
こころの健康クリニック芝大門/精神科・心療内科 院長
過食症の対人関係療法、トラウマ関連疾患の治療、ストレス関連障害のリワークを行っている
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目次
対人関係療法を双極性障害に当てはめた場合、コミュニケーションのズレをどう修正していくか、説明していただけますか。
双極性障害では、躁状態のとき散財するケースがありますよね。
対人関係療法の考え方では「散財したのは症状のせい」ということになります。
しかし、家族をはじめとするサポーターは、患者さんの人格と症状を区別できず「お前が我慢できなかっただけだろう」と考えやすいです。
逆に当事者からすると「散財は症状によるものだけど、そのときは自分が躁状態になっているなんて思いもよらなかった」という状態です。
出来事・自分の感情・対人関係の刺激を3つ同時に見る社会リズム療法に取り組めば、少しずつ自分の状態が分かるようになります。
自分の症状に加えて、相手が受けた傷についても分かってくるんです。その後は関係をどうしていくか、話し合って決めていきます。
これが、病気のために傷ついた対人関係の修復という、双極性障害への対人関係・社会リズム療法の特徴です。
サポーターが「よかれと思って」伝えたものの、言われた本人は傷つくかもしれない表現はありますか。
「こうした方がいいよ」というアドバイスですね。
うつ状態の方に「もう少し朝早く起きた方がいいんじゃない」という言い方をしたとします。
起きるのもつらい状態の人には「遅くまで寝ているあなたが悪い」というメッセージとして伝わるんですよね。
「こうした方がいい」という言い方を、対人関係療法ではジャッジメントと言います。
アドバイスに「いい」「悪い」の評価が含まれて伝わり、当事者は早く起きられないことへのダメ出しだと捉えてしまいます。
これは、症状の影響です。ただサポーターがその症状を知っておかないと、どういう言い方をしたらいいか判断できない。
治療の中でしか扱えませんが、私たち治療者は「遅くまで寝ているのは症状だから当たり前ですよ。でも、そのままだとつらいですよね。少し早起きするという方法もあるので試してみますか」と伝えます。
これだと、試すか試さないかは、患者さんに委ねられるんです。
「試した方がいい」と押し付けるのではなく、委ねるんですね。
「決めてもいいし、決めなくてもいい。どちらでもついていきますよ」というのが治療者のスタンスです。
サポーター側になった場合、どうしても「早く改善させなければ」と焦ってしまいそうです。
焦りについてはどうしたらいいでしょうか。
信じることです。
摂食障害の治療で必ず言ってきたのは「病気によってつらくなっているとしても、健康な部分が残っている」ということ。
双極性障害でも何かを試す力が残っていることを、信じてあげるんです。
「病気のせいでできないことはあるのは分かるけれど、このままだとつらいから、ちょっと試してみようか」と伝えます。
「全部が全部無理になっているわけじゃない」と。
そうそう。
双極性障害で起き上がれない人には、よく「トイレはどうしていますか」と聞いています。
自分でトイレに行っているなら「あ、すごいじゃないですか」と。
這うようにして行っているなら「それだけ努力してできるんですね。じゃあ、トイレは必ず行くようにしましょう」と伝えていきます。
例外探しのような感じですね。
本人がSOSを出す場合について伺いたいです。
SOSを出すのはいいことだと思うのですが、相手に負担を与えるとしたら、どのような場合ですか?
「なんとかしてよ」という丸投げ感がある場合ですね。
「自分は悪くない!」という態度で、周りに助けを求めている状態ですか。
助けを求めるけれども、求め方が丸投げになってしまう。
SOSを出すときは「どうしたらいいか一緒に考えてほしい」と依頼することが大切です。
また、サポーターはなんとかしようと動くわけですが、私たち治療者は「それはやめてください」と伝えます。
スポーツで例えるなら、治療者は監督、患者さんは選手、サポーターは応援者です。
「応援するはずのサポーターが、グラウンドに飛び降りてきて、選手に指示を出し始めたらどうなりますか?」
「混乱しますよね?」
と説明します。
なるほど。
でも、うまくSOSを出すには練習が必要ですよね。
はい。
ここで必要になってくるのが「ローゼンバーグの非暴力コミュニケーション(Nonviolent Communication 以下NVC)」※です。
※1970年代、臨床心理学者マーシャル・B・ローゼンバーグ博士が提唱したコミュニケーション法。「正しい」「悪い」の二項対立ではなく、自分と他者のニーズを尊重し合う考え方。
参考:澤田正『選択理論心理学をふだん使いするコミュニケーション -コーチングとNVC(非暴力コミュニケーション)で自分も相手も動き安くなる-』
まず、自分がどういう状況なのか表明します。
「私は今、症状のスイッチがオンになって、人と会うのが怖い状況。この症状が楽になってほしいので、外出のときはお母さんについてきてほしい」と依頼すれば、トラブルになりません。
「外出できないからなんとかしてよ!」と言うだけの状態とは違います。
経験の蓄積があればうまくやり取りできそうですが、いきなりやろうとするのは難しいですよね。
仰る通りです。
だから、治療のなかで学んでいき、その後は1人でできる対人関係療法をやっていただくといいと思います。
例えば「これから社会人になる」と予定が決まっている学生は、準備期間に必要な知識を学べますよね。
でも急な病気では、準備も何もできません。自分も周囲も混乱して当然の状況下で、双方はどうすればいいでしょうか。
社会人になるためのルールを学ぶのと同様、症状について知ることは、サポーターと患者双方の共通テーマです。
病気に翻弄される状況下だからこそ、症状という共通ルールを学ぶ姿勢を持つことが重要ですね。
先ほどの「NVC」が役立つと思います。
私たちは日常的に「なんでそうなるの」と質問しますね。
”Why”で始まる文章に”Because”で答える構図は、いわゆるダブルバインド(二重拘束)になります。
「なんでそんなことしたの⁉」
「ごめんなさい!」
「だから、なんでって聞いてるでしょ!!」
と、どう答えても相手から否定されてしまいます。
ありますね、そういう状況。
これでは、質問の度に、患者さんは相手の顔色をうかがわなければなりません。
そこでNVCでは、質問を「他人の立場に立って考えるきっかけ」に利用します。
私たちの場合は「顔色を読むようになったきっかけは、なぜだと思いますか?」と質問します。
「Why」を後のほうに持ってくる。
すると、患者さんが「なぜだろう」と、いったん自分の内側に入って理由を考えるようになるんです。
例えば患者さんが「今日は気分が沈んで外に出るのが怖いから、お母さんついてきて」と言ったとします。
でもお母さんは「ダメ、1人で行きなさい」と。
では、お母さんが「ダメ」だと言ったのは、なぜだと思いますか。
こう問いかけて、他人の気持ちをちょっと推測していくのが、対人関係療法の特徴です。
双極性障害当事者としては、躁で人に迷惑をかけてしまうので、他者から離れたくなることもあります。
一方的に人を避けているなかで、対人関係を築くのは難しいと感じます。
迷惑をかけたから対人関係を切るのも、1つの方法です。同じく、迷惑をかけたから次は償いをするのも、1つの方法ですね。
でも、関係を築くためには、人との関係を今後どうしていくのかに焦点を当てるんです。
何かをするのではなく、どういう関係でいくのか考えます。
関係に焦点を当てる。どんなメリットがあるのでしょうか。
双極性障害では対人関係が狭くなって、自分の内だけで完結してしまう状態になります。そうなると社会的リソースが得られない。
だから、対人関係の構築方法や維持の仕方を知っておくことが大切です。
対人関係療法では、次のような言い方で、それをサポートします。
「1人で悩むのもよし、関係者に手助けしてもらうのもよし。両方使えるとしたら、どちらにしますか」
「なるほど、どうも両方使うのがよさそうだから、人との関係も維持する方向でいきましょうか」
「自分だけで完結すると、社会から得られるものが少なくなってしまう。だから、人との関係性を構築するスキルは、あって損はしないよね」という流れで進めていくんですね。
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ライター/編集者/ヨガ講師
1994年生まれ。双極性障害やうつ病の友人との交流を機に、精神疾患に関する勉強と記事執筆を開始。ヨガ講師として人の心身に向き合う活動にも取り組む。