「働けるか」以前に大事なことは?双極症で働くためのポイントを睡眠専門医が解説

公開日: 2024.6.7
最終更新日: 2024.6.14

双極症(双極性障害)で「休職を繰り返してしまう」「イライラで対人関係がうまくいかない」などの悩みを抱える人は多くいます。

安定して働くためのポイントは「基礎の部分を整える」ことです。

具体的な内容について、睡眠専門医・渥美正彦先生に、当事者の悩みに回答いただきながら伺いました。

〈聞き手=松浦秀俊(双極はたらくラボ編集長)〉

プロフィール 渥美正彦(あつみ・まさひこ)

医療法人上島医院院長
精神科と神経内科での臨床経験を生かし脳と心の問題に幅広く対応
YouTubeチャンネル「睡眠専門医渥美正彦」で睡眠と心の専門知識を発信

「双極症のせいで継続して働けない」まずは健康と日常生活の管理などの基礎から整える

松浦
松浦

「双極症で転職や休職を繰り返してしまう」という相談には、どう対応されますか。

渥美先生
渥美先生

重要なのが、ワンポイントで判断しないことです。

働けない状態になるまでには、ストーリーがきちんとあります。

そこを全く検討せず、現時点での働けないという部分だけを見ても、あまりうまくいきません。

ここで見てほしいのが、仕事をするために必要な準備を、個々の状況の段階ごとに図表化した「就労準備性ピラミッド」です。

就労準備性ピラミッド(渥美先生作)
渥美先生
渥美先生

1番下に「健康管理」とありますが、この段階にいる方は、病状がすごく不安定で働けない場合もあると思います。

働くかどうか以前に、病状を安定させることを優先したほうがいい可能性がありますね。

1つ上の「日常生活管理」の段階にいる方は、乱れた日常生活を見直すことが大事でしょう。

さらに「対人技能」の段階で、対人関係でつまずく方なら、スキルを身に付けたり、環境を調整したりする必要があるかもしれません。

それより上の段階(「基本労働習慣」「職業適性」)は、基本的に最後のひと押し程度です。

「最後の部分だけ」をなんとかしようとして、切り抜けていけるケースは少ないと思います。

もっと手前の部分でしんどくなっていないか、確認していくことが大事ですね。

松浦
松浦

ピラミッドの上の段階に着目している方は、焦りもあって下の段階をおろそかにしやすいかもしれません。
でも、基礎の部分が大事ということですね。

渥美先生
渥美先生

働けなくなってきた原因を職場での出来事のなかに探しやすいですが、実は自宅での過ごし方が大きいこともあります。

単に薬を飲み忘れているだけだったので、服薬を再開したらだいぶ良くなったというケースもありました。

やはり健康管理や日常生活など、ピラミッドの下のほうほど重視しておく意識が大事と思います。

そもそも状況がひどくなるまで気づかない方も多いので、早めに気づくことがもっと大事です。

「双極症で人間関係が悪化」対人スキルの習得より先に症状の安定化を優先する

松浦
松浦

双極症だと、イライラによって同僚や家族との関係が悪化してしまうケースがありますよね。

渥美先生
渥美先生

単純に混合状態や軽躁状態でイライラしているなら「対人関係スキル」の話をしても始まりません。

まず、双極症の治療の安定性・最適性を確認する。その上で、自分を疲弊させる生活スタイルになっていないかチェックする。

松浦
松浦

対人スキルを習得するより先に、症状を安定させることが大切なんですね。

渥美先生
渥美先生

怒りの感情には原材料があります。感情が爆発するまでに、ストレスや嫌な感情のような原材料をたくさん溜め込んでいるんですよね。

生活リズムが乱れていると、疲れが原材料になっているかもしれません。

でも、多くの方は「怒っている感情」自体をコントロールしようとして、原材料になっているものには目が行きにくいんです。

診察では、日常生活を整えることができているか話して、原材料になっているものを確認します。

その上で、イライラに対して何かできることがあるか考えていきますね。

松浦
松浦

混合状態や軽躁状態でイライラに対処するスキルを習得しようとするより、土台を整えることが大事なんですね。

渥美先生
渥美先生

もっとも重要なのは薬物療法で、次に大事なのは日常生活を整えること。

その2つがあった上で、次に進むのがいいと思いますね。

松浦
松浦

ついイライラをぶつけてしまった後に、何か対処する方法はありますか。

渥美先生
渥美先生

とりあえず「ごめんなさい」と言ってみることが大事です。

「ありがとうございます」
「お願いします」
「ごめんなさい」
については、表現のバリエーションをたくさん知っておくと役立ちますよ。

双極症は生活リズムと気分が連動  在宅勤務では「生活リズム・光との関係・自立性」の意識を

松浦
松浦

在宅勤務になって調子を崩した方もいらっしゃいます。私もまさにそうでした。

渥美先生
渥美先生

在宅勤務にはメリットとデメリットがあります。

一番大きなメリットは、対人関係や通勤のストレスが減ることでしょう。
働き方が選べないことがかなり大きなストレスになる場合も多いので、仕事の自由度が増す分、ストレス軽減には役立つと言えます。

デメリットがあるとしたら、生活リズムの問題。あとは光との関係と、自立性もポイントです。

松浦
松浦

生活リズム・光との関係・自立性ですね。

渥美先生
渥美先生

まず誰も監視してくれないので、ある程度自由に働ける状態になり、仕事をやり過ぎてしまう場合があります。

第三者のチェックがない分、すごく生活が乱れやすくなるんです。


特に双極症は生活リズムと気分が連動している病気なので、リズムが乱れると気分も乱れる。逆にリズムが安定すると、気分も安定します。

ここで気分を安定させるのに重要なのが、光です。人間は「朝に光を浴びて夜は暗くなって休む」というリズムを基本に設計されている生き物です。

朝に通勤して夜に暗くなってから帰宅する場合、体内時計がシステムとして、朝と夜を認識します。

渥美先生
渥美先生

それが在宅勤務では、1日を通してずっとパソコンの光の強さが同じで、体内時計は朝と夜の違いが分からなくなって、気分が不安定になります。

なので、在宅勤務をされる上では「光の量は、朝は強め・夜は弱め」と意識しておくことが、とても重要だと思いますね。

松浦
松浦

「光の量を意識して調節することが大切なんですね。自立性というポイントについてはいかがでしょうか。

渥美先生
渥美先生

在宅勤務になると好き勝手にできちゃうので、自分のスケジュールを自分でどうチェックするのかを考えましょう。

最初にスケジュールを決めておくことが大切ですが、その際に「社会リズム療法」がおすすめです。

「起床・外出・交流(人と会う時間)・夕食・就寝」の5つの時間を、最初から決めておき、一定化します。

社会リズム療法で時間を決める5つの習慣(渥美先生作)
松浦
松浦

シフト勤務や夜勤の方は、スケジュールが乱れやすいと思いますが、どう対処したらいいでしょうか。

渥美先生
渥美先生

前のシフトと後のシフトで、眠る時間が被るようにするのがいいですね。

例えば、前回のシフトでの寝る時間が12時から19時だったとします。
次のシフトでも15~16時には寝て、22~23時までは睡眠時間を確保すると、睡眠時間がちょっと被っていますね。

例)
前回のシフトでの睡眠時間 12:00~15:00~19:00
次回のシフトでの睡眠時間 15:00~18:00~22:00

※太字部分が睡眠時間が重なっている箇所

渥美先生
渥美先生

全く違う時間帯に寝るよりは、一部分だけでも睡眠のサイクルが被るシフトにすると負荷が低いと思います。

ただ、今から仕事を選ばれる方は、そもそもシフト勤務や夜勤は避けてほしいです。

長距離を運転する仕事や完全成果主義の仕事も、気分が乱れやすくなるので、なるべくやめたほうがいいでしょう。

夜働くにしても、夜なら夜でシフトを固定するなどして、睡眠時間を確保できることを最低限の条件としていただきたいです。

支援を受けても障害者雇用に限定されることはない 双極症での就活では支援を受けることが大切

松浦
松浦

20代で双極症を発症する方も多くいらっしゃいます。

これから就活する大学生からよく相談されるのが、一般的に一律で雇用される新卒採用にチャレンジするのか。
あるいは、最初から障害者雇用でいくのかという悩みです。

渥美先生
渥美先生

まずは、ピラミッドの下から順番に整っているか考えましょう。

就労準備性ピラミッド(渥美先生作)
渥美先生
渥美先生

もし、
・薬物療法をしっかりできている
・双極症の正しい知識をある程度持っている
・再発の可能性がほぼなく生活のリズムも安定している
という状態なら一般就労でも問題ないと思います。

その上で、ピラミッドの「対人技能」より上の部分も見ていきましょう。

社会や会社で求められる対人スキルがうまく身に付かず、つまずく方は多くいらっしゃいます。

松浦
松浦

「対人技能」より上のスキルについては、どう身に付けていけばいいでしょうか。

渥美先生
渥美先生

支援を受け続けるのがいいと思います。

よく「支援を受けるとオープン就労で障害者雇用になるんじゃないか」と誤解される方も多いのですが、そんなことはありません。

支援を受けても「クローズ一般就労」「オープン一般就労」「障害者雇用」など、どの選び方もできます

ある程度土台が安定化されている方なら、一般就労も可能だと思いますよ。

ピラミッドの下の2つは医療機関がきちんと指導していくべきですが、対人スキルは医療機関以外の方とのやり取りが重要です。

医師とは別に、松浦さんのような支援してくださる方とのやり取りで、知識やスキルを身に付けてほしいですね。

プロがいますので、支援を受け続けてもらえればと思います。

インタビューの全容は動画にて!

今回のインタビューの全容は、双極はたらくラボのYouTubeで公開しています。

「もっと知りたい」と思われた方は、ぜひチェックしてみてください。

編集長の著書『躁うつの波と付き合いながら働く方法』が発売!

双極はたらくラボ編集長・松浦秀俊の書籍『ちょっとのコツでうまくいく! 躁うつの波と付き合いながら働く方法』が、9月27日(金)より全国の書店およびオンライン書店にて発売開始となりました!

双極症での働き方に悩む方へのヒントが詰まった一冊です。ぜひお手にとってご覧ください。

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