双極症のパーソナルリカバリーのフレームワーク・POETICとは?医師が解説

公開日: 2024.10.28

CHIME-D(チャイムディー)やPOETIC(ポエティック)などの言葉は、あまり聞き馴染みがないかもしれません。

実はこれらは、「自分はどうありたいか」を考えるための、つまりパーソナルリカバリーを達成するためのヒントになる考え方なんです。

双極症(双極性障害)の人にどう役立つのか、精神科医の渡邊衡一郎先生に詳しく解説いただきました。

〈聞き手=松浦秀俊(双極はたらくラボ編集長)〉

前回までの記事はこちら
双極症におけるリカバリーとは?当事者が自分らしく生きるヒントについて医師が解説

プロフィール 渡邊 衡一郎(わたなべ・こういちろう)

杏林大学医学部 精神神経科学教室 教授
日本うつ病学会 理事長

双極症のパーソナルリカバリーのプロセスを表すPOETICとは?

松浦
松浦

精神疾患におけるパーソナルリカバリーの枠組みには、CHIME-D(チャイムディー)やPOETICがあるそうですね。

どういうものなんですか?

渡邊先生
渡邊先生

まずCHIME-Dは、パーソナルリカバリーを達成した人が持つ要素を表したものです。

渡邊先生
渡邊先生

当初提示されていた「CHIME」だけだと、前向きでキラキラとした概念に思われやすかったんです。

当事者からすると、明るく眩しいイメージが、苦しんでいる自分からは遠いものに感じられ、追い詰められてしまう可能性がありますよね。

そこで、CHIMEの背景にはDifficulties(困難) があるとして 「CHIME-D」が提示されました。

Difficulties(困難) が加わることで、精神疾患を経験する大変さがよりリアルに示せていると思います。

さらに双極症のパーソナルリカバリーの枠組みとして「POETIC」が提示されています。

渡邊先生
渡邊先生

基本はCHIMEと同じなのですが、注目したいのは「Tensions(緊張)」
CHIMEには無いものです。

他の要素と比べて少し異質に思えませんか?

松浦
松浦

他の要素は前向きな意味合いを持っている印象なので、異質ですね。

渡邊先生
渡邊先生

パーソナルリカバリーは、当事者にとって楽しいことばかりじゃないんですよ。

DifficultiesやTensionsという、つらい要素を踏まえた上で取り組むものです。

松浦
松浦

つらい要素を踏まえた枠組みがあると、お医者さんが当事者の訴えや大変さを加味しながら交わってくれるように感じられますね。

私は本当にたくさんの当事者の方にお会いするんですけど、皆さん魅力的で、優しいんですよ。

お話しする場でもお互いに気を遣うから、とてもいい雰囲気になります。

でも、こういう方々が一歩社会に出ようとした際、病名一つで排除されてしまうわけです。
非常にもったいないことだと思いますね。

そこで私たちもリカバリーを活用できたらいいと思うし、渡邊先生もお医者さんという立場からご支援いただけたら嬉しいです!

渡邊先生
渡邊先生

ええ、光栄です。

双極症のパーソナルリカバリーのフレームワーク・POETIC 6つの要素を解説

松浦
松浦

改めて「POETIC」の6つの要素について伺いたいです。

PはPurpose and Meaning(目的と意味)ですが、具体的に何を意味しているんでしょうか?

渡邊先生
渡邊先生

自分が生きる目的・意味を理解している状態ですね。

「双極症になったことで今の自分がいる」
「以前はつらかったけれど、今の私は社会でそれなりに必要とされているんだ(社会的役割を果たしている)」という気持ちでしょう。

「今の私は自分の生きる意味を理解して、仕事もしている」と。

松浦
松浦

社会との関わり具合の大小はもちろんありながら、ということですね。

Oについてはいかがですか?

渡邊先生
渡邊先生

Optimism and Hope(楽観と希望)は、夢や希望がある楽観的な状態です。

人間関係が希望に満ちていて楽しいし、ポジティブシンキングで前向き。

松浦
松浦

楽観と、双極症の躁・軽躁状態は分けて考えるのでしょうか?

渡邊先生
渡邊先生

躁・軽躁の波を踏まえて考えてみましょう。

「波もあっていいんだ。色々と苦労しながらも、私は前を向いているよ」という意味ですね。
「躁・軽躁だからいい」というわけではありません。

躁状態での失敗に限らず、誰でも大なり小なり失敗はします。

でも失敗があったからこそ、今は開き直れている。「失敗も含めて私なんだ」と前向きに受け止めるということです。

松浦
松浦

失敗も含めて、人生全体への意味づけが楽観的という考え方ですね。

Eについては?

渡邊先生
渡邊先生

Empowerment(エンパワーメント)は「自分で自分のことを決める」という考え方です。

「誰かに言われるのではなく、自分で人生をコントロールしています」
「薬も医者に押し付けられず、自分で納得して選んでいます」
など「私は強いんだ」という気持ちでいることですね。

自己管理・自己責任という考え方を含むのが、うつ病と異なる点です。

松浦
松浦

確かに。主導権を持っているわけですね。

empowermentは「励ます」という意味だと思っていたのですが、その意味も含まれるんですか?

渡邊先生
渡邊先生

「自分を奮い立たせる」という意味になります。

誰になんと言われても、私は自信がある状態。自分で自分をコントロールできるから大丈夫だと。

一歩間違えると「薬を飲まなくても私は大丈夫」というような考えになっちゃいそうですよね。
だけど、いい・悪いは別として、パーソナルリカバリーの1つです。

松浦
松浦

悪い意味になり得ることも踏まえて、責任を持って選択するんですね。

そしてTensionsは、緊張感。

渡邊先生
渡邊先生

Tensionsはある種の葛藤を表すんじゃないでしょうか。

「躁・軽躁がよくないと分かっているけれど、好きなんだよ」
「双極症をオープンにすると楽になるけれど、病気の人として見られるのは嫌だ」

いずれも相反する感情ですよね。この葛藤をTensionsが表しているんでしょう。

松浦
松浦

そうですね……双極症を抱えて過ごそうとすると、すんなりといきませんから。

渡邊先生
渡邊先生

Tensionsのいい点は、相反する想いや感情を持つ双極症の人のつらさを表していることです。

これをどう解釈するかで、病気への取り組みは違ってくるんじゃないでしょうか。

松浦
松浦

当事者会で話のテーマを自由に決めてもらうと「躁・軽躁の楽しさが忘れられない」という声が結構出ますね。

「抑えなければならないことは分かっているんだけど、どうすればいい?」と、多くの方が悩んでいらっしゃるんです。

渡邊先生
渡邊先生

まさに葛藤ですよね。振り子みたいに2つの方向へ揺れる症状こそが、葛藤=Tensionsという双極症の特徴です。

Tensions以外のPOEICの部分は、CHIMEと同じく前向きでキラキラした要素ですよね。

でもTensionsがあることから、楽しいことだけではなく、葛藤との共存が双極症におけるパーソナルリカバリーの大事な要素と言えるわけです。

松浦
松浦

Iについてはいかがですか?

渡邊先生
渡邊先生

Identity(アイデンティティ)はエンパワーメントに若干近い意味での肯定的な自己認識ですね。

「今の自分は、偏見を克服してポジティブシンキングができるようになった」
「私にはこういうアイデンティティがある。今の私でいいんだ」
というポジティブな感覚でしょう。

松浦
松浦

Cについてもお願いします。

渡邊先生
渡邊先生

Connectedness(つながり)は人間関係を表します。

まさに松浦さんみたいに、病気を経験してから、病気になっている他の人をサポートするような感覚ですね。

自分の経験をもとに、同じように悩む人を支えることで、人間関係を構築しましょうという考え方です。健常者との良好な関係性も含んでいます。

双極症のパーソナルリカバリーではPOETICの全プロセスを歩む必要はなく自分が納得できればいい

松浦
松浦

6つの要素をすべて満たさなければ、パーソナルリカバリーを達成したことにはならないと考えていました。でも、理想通りにプロセスを踏んでいくのは大変な気がします。

実際は、6つを順にすべて満たしていく必要があるんですか?

渡邊先生
渡邊先生

その必要はなく、フレームワークのうち1個の状態でもあれば、パーソナルリカバリーと言っていいと思います。

パーソナルリカバリーは自分で「これでいいんだ」と思える気持ちが大切ですから。

POETICは、当事者への調査の結果「これでいい」と自分の状態に納得できた人が共通して持っていた要素をまとめたものです。

例えば今の自分の状態に満足していない人が、6つの概念を見たとします。
そこから「自分にはC(つながり)が足りていない気がする。もう少し人と交流してみようかな」と考え、今後の行動を決めていくヒントを得られればいいわけです。


POETICはそのために活用できるものだと思います。

「6つ全部がなければパーソナルリカバリーではない」というものじゃないんです。
自分が納得すればそれでいいんですよ。

渡邊先生
渡邊先生

POETICのようなフレームワークがあると、皆で議論もしやすいと思います。

例えば「Tensionsについて語ってみませんか?」と持ち掛けたとしますね。

「松浦さんはアイデンティティをちゃんとお持ちだけれど、ご自分では自己肯定できているとお考えですか?」
「まだまだですね……」
「じゃあ、肯定的になるにはどうすればいいと思いますか?」
という流れで話が進みます。

「これができないと自分なんてダメだ」と思っている人に、じゃあPOETICの各要素で、どれだったらできそうかを提案し、肯定的な考えができるよう向けていく

こういったパーソナルリカバリーを目指したアプローチは、今後注目されるかもしれませんね。

【次回「双極症のリカバリーについて医師が考える未来」へ続く:10/31(木)公開予定】

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