【第1章全文公開】双極症とはどんな病気か?『躁うつの波と付き合いながら働く方法』

公開日: 2024.10.10
最終更新日: 2024.10.23

2024年9月27日(金)、双極はたらくラボ編集長・松浦秀俊による書籍『ちょっとのコツでうまくいく!躁うつの波と付き合いながら働く方法』が発売となりました。

同書籍は、試行錯誤の末、双極症でも13年穏やかに働くことを叶えた松浦の「疾患・症状との付き合い方」を網羅的にまとめた一冊です。すでにSNS上で多くの方が、 #双極はたらく本 をつけて嬉しい感想を投稿いただいています。

そんな感想を見て「中身を読んで自分に合うか確かめてみたい」「本の内容をもっと具体的に知りたい」と思っている方もいるのではないでしょうか。

そこで本日10月10日の世界メンタルヘルスデーに、双極はたらく本が気になっている方、購入を検討している方に向けて、第1章「双極症とはどんな病気か」を無料で全文公開いたします。

なお、公開期限はありません。

ぜひ、書籍『ちょっとのコツでうまくいく!躁うつの波と付き合いながら働く方法』を手元に迎え入れる参考にしていただければ幸いです。

まずは漫画で、第1章の内容を覗いてみましょう

気分の浮き沈みと双極症の違い

人は誰でも、仕事で評価されたり、嬉しいことがあれば気分が高揚するものです。また反対に仕事で失敗したり、仲の良い人と喧嘩すれば気分が落ち込むものです。

しかし、この書籍で取り扱う「双極症」というのは、このような「気分の浮き沈み」をはるかに超えた、激しく病的な症状が一定期間に現れるのが特徴です。

双極症とはどんな病気かを一言で表すと、誰にでもある気分の波が一時的なものではなく、長期間にわたって上がったり(躁状態・軽躁状態)、あるいは落ち込んだり(うつ状態)を繰り返す病気となります

例えばあなたが仕事の実績が評価されたとした時、嬉しいことやワクワクするといったポジティブな気持ちはどれくらい継続しますか? ポジティブな感情は数時間か続いても1、2日ほどではないでしょうか。

でも、気分が高揚し活発に活動する「躁状態」の症状が出る「双極症Ⅰ型」では、継続期間は1週間以上、躁状態まではいかなくても病的にテンションが高まる「軽躁状態」の症状が出る「双極症Ⅱ型」の場合は継続期間が4日以上続きます。

この「一時的なものではなく、長期間にわたって躁・軽躁とうつを繰り返す」ことが、誰にでもある気分の浮き沈みかどうかを見分けるポイントになります。

双極症は、元々「躁うつ病」や「双極性障害」という病名でしたが、アメリカで使われている精神疾患の診断基準DSM-5-TR(アメリカ精神医学会、2022年)がリリースされ、日本語版で「双極性障害」から「双極症」へ訳語が変更されています。

変更された背景は、「障害」という言葉が「治らないハンディキャップ」という誤解を持たれてしまう可能性や患者自身が言葉に囚われてしまうことを懸念したことによるものだそうです。

一方で患者さんからは、「『障害』から『症』になることで病気が軽いものと認識されうるのではないか」といった懸念の声もあります。

私も当事者の一人として、未だに「躁うつ病」という用語の方が他の方に伝わりやすいと感じています。そんな現状の中で、双極性障害からさらに名称を変更するのは周囲への説明のハードルを上げてしまうのではないか、という不安がよぎります。ただ、訳語が変更された経緯を考えると、双極症となることで病名に囚われずうまく病気と付き合って自分らしく生きる人が増えることを期待したい気持ちもあります。

まとめ

・双極症は「誰にでもある気分の波が一時的なものではなく、長期間にわたって上がったり(躁状態・軽躁状態)、あるいは落ち込んだり(うつ状態)を繰り返す病気」
・「躁うつ病」や「双極性障害」という病名から、双極症へ名称変更

双極症はI型とII型に分かれる

双極症は、Ⅰ型とⅡ型の2つに分かれます。

双極症Ⅰ型は、激しい躁状態とうつ状態を繰り返すのが特徴です。躁状態では、気分が高揚し、自信過剰になったり、活動的になりすぎたりします。一方、うつ状態では、気分が落ち込み、興味や喜びを感じられなくなったり、疲れやすくなったりします。時には、入院が必要なほど重症化することもあります。

双極症Ⅱ型は、軽躁状態とうつ状態を繰り返します。軽躁状態は、躁状態ほど激しくはありませんが、気分が高揚し、活動的になります。しかしこの状態が続くと、反動でうつ状態に陥りやすいため、注意が必要です。

躁状態の主な症状は、表1-1の通りです。

また、双極症には混合状態と呼ばれる状態もあります。これは、躁状態とうつ状態の症状が同時に、あるいは短期間で交互に現れる状態です

例えば、気分は落ち込んでいるのに、頭の中では様々な考えがめまぐるしく巡り、じっとしていられないといった状態です。混合状態は非常に不安定で、注意が必要です。

双極症Ⅱ型はⅠ型に比べて、多くの期間を「うつ状態」で過ごすのが特徴といわれています

双極症の追跡調査によると、双極症Ⅰ型の抑うつ症状を伴う期間の合計が約12〜13年間のうち約3割なのに対して、双極症Ⅱ型では約13~14年間のうち約5割を占めるといった報告もあります。

まとめ

・双極症には、Ⅰ型とⅡ型がある
・Ⅰ型は激しい躁状態とうつ状態を、Ⅱ型は、軽躁状態とうつ状態を繰り返す
・「混合状態」では、躁状態とうつ状態が同時に、あるいは短期間で交互に現れる

双極症の診断は難しく時間がかかりやすい

双極症の発症割合は100人に1人弱といわれ、発症しやすい年代は10代後半から20代といわれています。

発症の男女比として、うつ病の場合は女性が多いですが、双極症の発症率に男女差はありません

うつ病と診断された人が、実は双極症だったというケースは割合として10人に1人か2人いるそうです。

また、双極症は正しい診断がつくまで時間を要する病気で、10年以上かかることも少なくないといわれています。

私自身でいえば、21歳の時にうつ病の初診を受けていますが、今になって振り返れば軽躁状態だと思われる出来事もあったため、双極症を発症していた可能性は高いと考えています。

また、双極症と診断変更されたのが27歳のため、正しい診断までに約6年要しています。他の当事者の方の話を聞いても、同じく診断までに時間がかかっているらしく、私と同様に正式な診断までいろいろな苦悩があったのではないかと推測します。

なぜ、「双極症」と診断されるまで時間がかかってしまうのかというと、「うつ状態が回復して途中で通院を辞めてしまう」「躁・軽躁状態を病状だと思わなかった」など様々な要因が影響し、本人も医師もこの病気に気づきにくいためです。

まとめ

・双極症の発症割合は100人に1人弱
・10代後半から20代が後発年齢
・双極症の発症率に男女差はない
・双極症は正しい診断がつくまで時間を要するため、10年以上かかることも

双極症の認知度は徐々に広がっている

双極症の認知度は、どのようなものでしょうか。あくまで参考値ですが、「Google トレンド」を使って検索回数を比較すると、図1-1の通りになりました。なお、双極症がまだ病名変更されて間もないことを考慮し、「双極性障害」と「うつ病」の検索回数を比較しています。

20年間の検索回数の推移をみると、うつ病のトレンドはほぼ横ばいなのに対して、双極性障害は微増ながら右肩上がりになっています。そもそも「双極性障害」という言葉を知らないと検索できないので、認知度が年々増加しているといってよいでしょう。

まとめ

・Googleトレンドによると、双極症の検索回数は増加傾向

双極症の治療法

双極症の治療法については、大きく分けて3つあります。

薬物療法

双極症の治療薬は各エピソード(症状がある時期)で若干異なります。そのため、まず各エピソードに対応する薬の概要を紹介します。治療薬を選ぶ際には主治医に任せきりにしない姿勢が重要になります。

(1)躁エピソード

気分安定薬と抗精神病薬を併用するのが効果的です。また、気分安定薬は気分の波を抑える薬です。抗精神病薬は統合失調症の薬として開発されましたが、躁状態にも効果があります。副作用などを考慮し、どちらか一方のみを使うこともあります。

(2)抑うつエピソード

抗精神病薬や気分安定薬が用いられます。うつ病とは異なり、抗うつ薬は躁状態を引き起こす可能性があるため、使用には注意が必要です。

(3)再発予防

躁やうつの症状が落ち着いた後も、再発を防ぐために気分安定薬や抗精神病薬を継続することが望ましいとされています。

薬物療法を補う治療法

前述した薬物療法は治療の基本ですが、それだけでは症状を安定させることはできません。私自身も、薬物療法と休養のみで対処しようとしましたが、一時的には復職できても、すぐに症状が再発してしまいました。

双極症の治療ガイドラインでは、薬物療法に加えて、心理社会的ケアを併用することが推奨されています。心理社会的ケアは、病気の理解を深め、症状を自分で管理できるようにすることで、治療効果を高め、生活の質を向上させる効果が期待できます。

専門的な精神療法や集団心理教育プログラムが理想的ですが、日本ではまだ十分に普及していません。しかし、通常の診療でもできる心理社会的治療があります。

そのポイントを一言で言うと、「病状悪化のリスクを高める行動を減らし、健康を促進する予防行動を増やす」ことです。具体的には、医師と患者さんが協力し、病気や治療について情報を共有し、患者自身が自分の気分や状態を日々記録していくことが重要です。

双極症に効果があるとわかっているミニマム・エッセンス(自分で対処する際のトレーニングやカウンセリングに共通している大切なポイント)には、以下の7つが挙げられています。

①規則正しい生活習慣の維持
②病状悪化につながる要因の把握
③悪影響を与える問題への対応
④新たな再発の兆候把握と予防策の策定・実践
⑤疾患への誤解や偏見の解消
⑥効果的な薬物療法の実現
⑦物質乱用や不安への対応

専門的な精神療法

薬物療法と心理社会的ケアなどの基本的なポイントを学んだ後で、もっと深く学びたい人や、特に効果が期待できる特別なスキルを身につけたい人のために、専門的な治療法があります。

ただしこれら治療法は日本人でのデータはほとんど存在せず、専門的な治療を受けることができる施設はほとんどありません。

認知行動療法

認知行動療法は、数多くの研究によって効果が証明されている精神療法で、考え方や行動パターンを変えることで、症状を改善し、再発を防ぐための治療法です。

双極症における認知行動療法は、気分の波によって大きく左右される考え方や行動パターンに注目し、それらを客観的に見つめ直すことで問題点を修正していく治療法です。

認知行動療法のツールを使ってセルフモニタリングを行い、双極症について正しい知識を身につけることで、病気への理解を深め、治療への意欲を高めます。

そのうえで、考え方を変えるための「認知的技法」と、行動を変えるための「行動的技法」を組み合わせ、より効果的に症状を改善していきます。

具体的な方法としては主に3つです。

① 認知再構成法:思考記録表に自分の考え方を書き出し、客観的に分析することで、ネガティブな考え方を修正していきます。

② 刺激統制法:躁状態を引き起こすような刺激を避け、代替行動をとることにより、安定した状態を保ちます。

③ 行動活性化:楽しい活動や達成感のある行動に取り組むことで、意欲を高め、うつ状態を改善します。

対人関係・社会リズム療法

対人関係・社会リズム療法とは、双極症の治療法として米国で開発され、対人関係療法(IPT)と社会リズム療法(SRT)を組み合わせたものです。

双極症が再発する主なパターンは3つあります。

①薬を飲まなくなる:治療薬をきちんと服用しないと、症状が再発しやすくなります。

② ストレスの多い出来事:人間関係でのトラブルは、大きなストレスとなり、再発の引き金になることがあります。

③ 生活リズムの乱れ:睡眠や食事、仕事などの時間が不規則になると、心身に悪影響を及ぼし、再発しやすくなります。

対人関係・社会リズム療法では、これらの再発パターンに対処するために、2つのアプローチを組み合わせます

1つは社会リズムを整えることです。睡眠、食事、活動などを記録する「社会リズム表」を毎日使って、生活リズムを規則正しく整えます。

2つ目は対人関係のストレスを減らすことです。対人関係療法を通じて、人間関係の悩みを解決し、ストレスを減らす方法を学びます。

家族療法

家族が本人の症状への理解を深め、家族全体で病気に対処することで、症状の改善を目指す方法です。

双極症に関する正しい知識を土台としつつ、家族間の感情のぶつけ合い(高感情表出)の解決に目を向け、効果的な感情表現や積極的傾聴といったコミュニケーション技術の練習を行います。それにより、家族内で効果的に問題を解決する能力を身につけます。

まとめ

・治療薬は各エピソード(症状がある時期)で若干異なる
・薬物療法は治療の基本だが、それだけでは症状が再発する可能性が高い
・心理社会的ケアを併用することが推奨
・「認知行動療法」「対人関係・社会リズム療法」など、専門的な治療法もある

双極症への対処法(松浦の場合)

双極症と付き合いながら穏やかに働き続けるための具体策にふれていきます。私が続けた双極症への対処法は、大きく分けて3つです。

1つは定期的に通院する。2つ目は社会リズムを整える。そして、3つ目に自身の双極症の傾向と対策をまとめた双極トリセツの作成です。

定期的に通院する

「もしかして、自分は双極症かもしれない……」

そんな不安を抱えながら、本書を手に取ってくださった方もいるかもしれません。また、診断されているけど、今は通院していないという方もいるでしょう。2章、3章では、双極症の症状に合わせた対処法や工夫をご紹介しますが、それらの方法は、あくまで医療機関での適切な診断と治療を受けた上での、セルフケアの方法です。

双極症は、気分の波が激しく変動する病気であり、放置すると症状が悪化して、仕事や人間関係への支障も大きくなります。症状が軽いうちに対処することで、支障を最小限に抑え、穏やかに働き続けることができるでしょう。

しかし、双極症は自分一人で乗り越えられるものではありません。専門家のサポートを受け、適切な治療を受けることが、回復への第一歩となります

精神科やメンタルクリニックの受診に対して、ハードルが高いと感じる方もいるかもしれません。しかし、双極症と付き合いながら長く働き続けるためには、勇気を出して専門家に助けを求めることが大切です。

治療について私の体験談をお伝えします。

今の職場であるリヴァに入って1年、症状が落ち着いたと主治医に伝え、断薬しました。双極症は寛解した、そう確信していました。

「もう自分には薬がなくても大丈夫」

しばらくは寛解そのものでした。軽躁状態もうつ状態も影を潜ひそめ、仕事もプライベートも問題ありませんでした。「軽躁とかうつってどんな症状だっけ?」と忘れてしまうくらい平穏な日常を過ごしていました。

しかし、人生はそう甘くはありませんでした。

その時期に担当していた新規事業プロジェクトが頓挫 するという大きな挫折を味わうことを皮切りに、ちょうど同時期に子どもが生まれ、子育てに対する過度なプレッシャーがかかりました。このダブルパンチに私は耐えきれず、重いうつ状態に陥ってしまったのです。

絶望感で何もかもが嫌になり、消えてしまいたいとさえ思うようになりました

それでも私は再受診をためらっていました。せっかく寛解したと思ったのに、また振り出しに戻るのかと思うと、どうしても踏み出せなかったのです。また、子どもが生まれたのも再受診に踏み切れない理由の一つでした。

子どもの将来のために私は生命保険の加入を検討していました。しかし、各社取り寄せたパンフレットには、加入条件として当時は「過去5年間で精神疾患などによる通院歴がないこと」と書かれていたのです。そして、うつ状態がやってきたタイミングがちょうど、前回の通院から5年でした。生命保険に加入できなくなるとさらに再受診をためらう私に、妻は穏やかに、でも力強くこう言いました。

「そんなの関係ないから病院に行って。いざという時のお金なんて、どうにでもなるから」

思わずはっとしました。生命保険の加入を諦め、すぐに再受診を決意し、服薬を再開することにしました。

そこから今まで、定期通院と服薬を継続しています。

今考えると、あの時の私が治療を受けなかったのは、生きていく難易度を自ら上げて、あえてハードモードを選んだようなものでした。治療を受けることで、難易度を下げることができるということを知らなかったのです。

双極症がある人にとって、治療を受けることは大前提です。

ただし治療だけで症状が安定するわけではありません。治療と並行しながら、自分自身の病気について理解を深め、適切な対処法を身につけていくことが大切です。専門家による心理教育を受けたり、関連書籍を読んだりすることで、病気との付き合い方を学ぶことができます。

調子がよくなったから、通院をやめようと考えている方もいるかもしれませんが、双極症の場合、通院をやめることは治療のゴールにはなり得ません。症状が改善した後も再発予防を目的として通院を継続し、主治医と相談しながら、自分に合った治療計画を立てていきましょう。

社会リズムを整える

双極症を抱えるあなたは、気分の波によって、生活リズムが乱れやすいと感じていると思います。朝起きるのがつらい、夜眠れない、食事の時間もバラバラ……、そんな経験はないでしょうか。

規則正しい生活リズムは、心身の健康を保つうえで誰にとっても大切ですが、双極症を抱える人にとっては、特に重要な意味を持ちます。なぜなら、生活リズムの乱れは、気分の波をさらに不安定にし、症状を悪化させる可能性があるからです。

しかし双極症の場合、単に生活リズムを整えるだけでは十分ではありません。ここで重要となるのが、社会リズムという考え方です。

社会リズムとは、人と接する時間や活動時間など、社会との関わりの中で生まれるリズムのことです。例えば、家族との食事、友人との会話、仕事での会議など、人や社会と関わるタイミングは、私たちの体内時計に大きな影響を与えます。

双極症を抱える人は、この社会リズムが乱れやすい傾向があります。睡眠や食事など生活リズムを整えるだけでなく、社会との関わり方にも気を配ることが、症状の安定につながるのです。

私も、以前は不規則な生活リズムを送っていましたが、家族との時間を意識的に持ち、仕事や趣味など、社会との関わりを意識することで、双極症の症状が落ち着いてきました。

経験上、生活リズムを整え、さらに社会との関わりの中で生まれるリズムを意識することで、より安定した生活を送ることができると実感しています。

ちなみに、この社会リズムに着目した「対人関係・社会リズム療法」という治療法があります。2章でも少し紹介しますが、興味のある方は、ぜひ調べてみてください。

まずは、あなたの生活リズムを見直してみましょう。そして、社会との関わりの中で生まれるリズムを意識することで、双極症との付き合い方が変わってくるかもしれません。

3つ目の「双極トリセツの作成」とは、自分の双極症の症状の特徴や傾向を整理した、自分専用のマニュアルを作ることです。4章で具体的に解説します。

まとめ
・双極症は、専門家のサポートを受け、適切な治療を受けることが、回復への第一歩
・医療機関での適切な診断と治療を受けた上で再発予防を行う(以下、松浦の対処法)
①定期的な通院
②社会リズムを整える
③自身の双極症の傾向と対策をまとめた双極トリセツの作成

医師との関わり方を知ろう

双極症と診断された場合、医師との良好な関係を築くことは、治療の成功に欠かせません。医師との関わり方、関係性、注意点について参考までにお伝えします。

医師との良好な関係を築く

医師との関わり方について参考となる『双極症と診断されたときに読む本』(大和出版、2024年)では、「医師に病気を治してもらう」という受け身の姿勢ではなく、「『自分が目指す人生のために、医師の力を借りながら、自分で治療していく』という主体性をもつとよい」と書かれています。

症状や困りごと、治療に対する不安など、包み隠さず正直に医師に伝え、疑問点や不明な点は遠慮なく質問し、納得いくまで説明を求めましょう。

治療法の選択や目標設定など、自分の希望を積極的に伝え、医師の専門知識や経験を尊重し、意見に耳を傾けることも重要です。定期的な受診を通じて、医師とコミュニケーションをとり、症状の変化や治療効果を共有することで、より良い関係を築くことができます。

SDM(共同意思決定)の重要性

SDMとは、患者と医師が対等な立場で情報を共有し、話し合いながら治療方針を決定するプロセスです。具体的には、「患者自身の価値観や希望を尊重し、治療目標や治療法の選択に反映させる」「患者が治療のメリットとデメリットを十分に理解した上で、治療法を選択できるようにする」「患者が治療に積極的に参加することで、治療効果を高めることができる」といった内容です。

医師とのコミュニケーションで気をつけること

事前に症状や困りごと、質問などをメモをして、受診時に医師に伝えましょう。また、家族や友人に付き添ってもらうことで、客観的な意見を医師に伝えられるため、治療に役立つ情報提供ができます。

医師をどこで見つけるのか

しかし、そもそも、信頼できる医師の情報が見つからないという方もいるでしょう。双極症の診断・治療に専門的に取り組んでいる医師を知りたい場合は、日本うつ病学会の双極症委員会の委員とフェローのリストが参考になります。また、お住まいの地域の保健所のケースワーカーや担当保健師に相談することで、近くの精神科の評判について情報を得られるかもしれません。

双極症の治療は、長期にわたることが多いです。信頼できる医師と良好な関係を築き、SDMを実践することで、より良い治療効果が期待できます。

まとめ
・医師との良好な関係が、治療の成功に重要
・双極症の診断・治療に専門的に取り組んでいる医師を知りたい場合は「日本うつ病学会の双極症委員会の委員とフェローのリスト」が参考になる

双極症を抱えながら働いている人は多い

本書は「双極症と働く」がテーマですので、仕事や働くことに関連する双極症の情報についてもふれていきたいと思います。

双極症を抱える人々の就労状況を見てみましょう。ある調査によると、2016年から2017年にかけて日本の双極症患者(60歳未満の2,292人)のうち、約43%がフルタイムで働いているという結果が出ています

これは、海外の研究結果(40~60%)とほぼ一致しており、決して低い数字ではありません。この調査はフルタイム勤務であるという条件がありますので、短時間勤務の障害者雇用やパート・アルバイトを含めれば、就労率はさらに上昇するでしょう。

参考までに、私たちが運営するメディア「双極はたらくラボ」で独自に調査したアンケートデータも紹介すると、1,459人(2024年5月4日時点)の双極症患者のうち、一般雇用・障害者雇用で就労中の方が48.1%、起業等も含む就労中も加えると63.6%でした。

フルタイム勤務かどうかわからないため、前述の調査と比較できませんが、高い就労率になっていることがわかります。

また、『職場×双極性障害』(南山堂、2018年)では「双極性Ⅱ型障害をもつ労働者数は約50万7千人にも及ぶと推定されます」という驚くべき記述があります。診断を受けていない双極症の可能性の方も含む推定値ではありますが、とてもインパクトある数値でしょう。起業家と双極症に関する2018年の研究報告によると、起業家の方が非起業家に比べて、うつ病を経験したことがある人が約2倍、ADHDでは約6倍、双極症では約11倍多いことがわかっています。

この結果は、双極症だから起業家になるという意味ではなく、あくまで起業家に双極症と診断を受けた人が多かったということですが、とても興味深いと思います。

まとめ
・双極症を抱える人々の就労状況は決して低い数字ではない
・起業家に双極症と診断を受けた人が多いというデータも

仕事の向き不向きはあるのか?

「今の仕事は双極症の自分に向いているのか」
「双極症の人に向いた仕事はあるのだろうか」

これは、双極症を抱える多くの人が抱える疑問です。実際、双極はたらくラボのYouTubeやX(旧Twitter)でもよく届く質問です。

国内の双極症研究の第一人者である加藤忠史先生にインタビューする機会があり、この疑問をぶつけてみました。その答えとしては、「そもそも双極症の発症年齢って平均20代で、すでに働いている人も多い」「双極症にかかった後で職業選択をするっていうよりは、職業を始めてから発症する人も多いんじゃないかなと。どの仕事の人も双極症になる可能性があるわけだから、逆に言うと『双極症だからといってどの職業でなければいけない』ということもないと思います」という話でした。

私は学生時代には、すでに軽躁の症状が出ていたため参考にならないかもしれませんが、当事者から聞く話としては、働く中で発症する事例も多いのは事実です。

では、双極症の人は職業選択で気をつけることはないのでしょうか。

加藤先生によると「一般論としては、交替やシフト勤務など生活が乱れるような仕事に関しては、慎重に考えた方が良いと思います」とのことでした。

つまり、職業の種類というよりは、生活のリズムを保てるかどうかが重要だということです。

シフト勤務がある代表的な職業としては看護師が挙げられます。私の知る限りでも、シフト勤務でも症状を安定させている方もいましたが、シフト勤務開始後に双極症を発症した看護師の方も何名かいました。その方たちは発症後、看護師という職業を辞め別の職種を選択する方もいれば、シフト勤務がない病院に移ったり、訪問看護といった病院とは違う場所で看護師として働いたり、看護師を指導する先生になった方もいます。

双極症による影響で働き方の制限はあったとしても、その制約を守りつつ、自分らしい選択をすることはできます

またさらに加藤先生はこのようにコメントしています。

「仕事の中身になると、一人ひとりの才能や資質に基づいて適性は決まると思います。そんなことに病気って関係ないですよね。『膠原病(こうげんびょう)の人に向いている仕事』とか『肝炎の人に向いている仕事』がないのと同じだと思います」

このように、双極症に向いている・向いていないではなく、それぞれの方が自分らしい選択できることが理想だと思います。そのためにも、双極症の理解と治療と自己対処はセットで重要だと思います。

まとめ
・職業を選ぶうえでは、生活のリズムを保てるかどうかが重要
・双極症だから向いている・向いていない仕事、という考え方ではなく、それぞれの方が自分らしい選択できることが理想

双極症は社会的に後遺症を残す病気である

双極症に関するとあるフォーラムに参加した際、登壇されていた加藤先生のある言葉に衝撃を受けたことを覚えています。

それは「双極症は、身体の後遺症は残さなくても、社会的な後遺症を残す病気である」という言葉でした。「社会的な後遺症」という言葉は、双極症をたとえる表現として的確であり、とても腑に落ちたことを覚えています。

双極症は躁・軽躁状態の際に非常に活動的になります。現実離れした発想や行動を起こし、職場でもトラブルを引き起こす場合もあります。また、躁・軽躁状態での過度な自信は、周囲との信頼関係を崩すきっかけにもなります。会議で自分の意に反する言動や行動をした上司や取引先に強気の態度を取ったり、その場で強く反論したりします。慎重に進めなければならないリスクの高い問題をその場で決めたり、思いつきでプロジェクトを立ち上げたり、人を巻き込み、非現実的な目標を設定したりします。

しかし、そうした状態は長く続きません。症状が落ち着いてうつ状態になると、落ち込みも伴って予定がこなせなくなってきます。立ち上げたプロジェクトの期限に間に合わなくなって頓挫したり、普段なら容易にこなせるタスクもまったく手につかない状態になったりします。躁・軽躁状態に比べ、うつ状態は長期化する傾向があり、仕事のパフォーマンスが低い状態が仕事上の評価を下げる要因にもなります。

こうした、躁・軽躁状態の行動が原因で職場の人間関係が悪化したり、職を失うなどの仕事に重大な支障をきたすことを、「社会的な後遺症」と表現されたのだと思います。

これらの症状は、双極症だと自覚していなければ診断や治療に結びつくことはありません。このサイクルを繰り返すと、不本意に転職を繰り返し続けることになり、社会人としてのキャリアに大きな痛手になります。

双極症の当事者の方に話を伺うと、退職と転職を繰り返して短期間に職歴を重ねていく状態はよくあることみたいです。私自身も、20代で会社員と自営業を合わせて4回仕事を変えています。周囲から見れば、特に双極症Ⅱ型の人の軽躁状態は「元気で活発な状態」にも見えます。病気として気づかれにくい点も診断へつながらない原因の一つでしょう。

このように、社会的な信用や人間関係、また不本意な転職の増加など、さまざまな形で社会的後遺症として残るのが双極症という病気なのです。

ここまで、双極症の基本的知識と双極症と就労に関する一般的な内容をお伝えしました。2章からは、私、松浦自身のケースを基に、双極症の具体的な症状とその対処方法を述べていきます。

まとめ
・双極症は、社会的な信用や人間関係、また不本意な転職の増加など、さまざまな形で社会的後遺症として残る
・双極症だと自覚していなければ診断や治療に結びつきにくい
・双極症(特にⅡ型)は病気として気づかれにくい点も診断へつながらない原因の一つ

参考・引用文献

・加藤忠史=監「お薬について」大塚製薬株式会社 https://www.smilenavigator.jp/soukyoku/medicine/

・日本うつ病学会双極症委員会「双極症とつきあうために」2024年 https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/gakkai/shiryo/data/bd_kaisetsu_ver11- 20240118.pdf

・加藤忠史=監修『双極症と診断されたときに読む本』大和出版、2024年

【著者:松浦秀俊(双極はたらくラボ編集長)、監修:高江洲義和(琉球大学教授)】

編集長の著書『躁うつの波と付き合いながら働く方法』が発売!

双極はたらくラボ編集長・松浦秀俊の書籍『ちょっとのコツでうまくいく! 躁うつの波と付き合いながら働く方法』が、9月27日(金)より全国の書店およびオンライン書店にて発売開始となりました!

双極症での働き方に悩む方へのヒントが詰まった一冊です。ぜひお手にとってご覧ください。

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